求愛される甘党の彼

口説く彼に、困惑する彼

 この日が来るのがどれだけ嫌だったか。
 あっという間に約束の日となり、重い足取りで待ち合わせの場所へと向かう。
 すると乃木の姿が既にあり、洒落た格好をした彼は一段と男前で女子の目を惹いていた。
 声を掛けるのが嫌だなと少し遠くで見ていたら、こちらに気が付き近寄ってくる。
「百武君、来てくれてありがとう」
 爽やかに笑いかけられ、眉をよせる。
「はぁ、どうも。で、どこいくんです?」
「映画を見て、夕食を食べよう」
 と言われ、ホッと胸をなでおろす。
 乃木の事だからとんでもない事を言いだすのではと、少し構えていたのだ。
「わかりました」
「行こうか」
 乃木が前を歩きそれに着いていくかたちで映画館へと向かう。
「一応、デートなんだからさ」
 隣を歩いてほしいと言われ、嫌だと首を横に振る。
「イケメンとは並んで歩かねぇって決めてるんで、お断りします」
「……何それ」
 意味が解らないとぼやく乃木を無視し、百武は映画館に向かって歩いていく。
「で、何を見るんです?」
「今、話題やつ」
 既にチケットも購入済みらしく、内ポケットから取り出して百武に見せる。
「映画、好きなんですか」
「うん、好きだよ」
 口元を綻ばしながら熱く百武を見つめる乃木。その視線を遮る様に掌をかざす。
「そういうの、やめてくれませんかね」
 そこまで自分は鈍くない。好意を持った眼で見ないでほしい。
「そういうのって、何?」
 百武が想いに気が付いているのを解ったうえで言わせようとしているのが見え見えで。なので素直に言ってやる。
「乃木先生は無駄に顔が良いんですから、俺じゃなくて別の子にそういう顔したらいいんじゃねぇんですか」
 自分に好意を持っても無駄。そう気持ちを込めて言う。
「君さ、馬鹿?」
「なッ」
 躊躇う百武に、乃木は彼の両頬の肉を摘まんだ。
「ちょ、らにを」
「お仕置き」
 そう、楽しそうに笑いながら摘まんだ頬の肉を動かして離した。
 百武は頬を手の甲で擦りながら、同じ目線の相手を睨む。
「餓鬼じゃねぇんですから、こういう事するのやめてください」
「じゃぁ、解らせる為にキスをした方が良かった?」
 それはそれで困るんじゃないの、と、人差し指が百武の唇を撫でる。
「なっ」
 言葉を詰まらせる百武の肩を叩き、映画館の中へと入る。席は丁度見やすい位置だった。
 はじまるとすぐに映画の世界観に引き込まれて夢中でスクリーンを眺めていた。

 映画が終わった頃にはぐったりと背もたれにもたれて、乃木が大きく息を吐きだした。
「面白かったね」
「はい。口を開いたまま、画面に釘付けになってました」
「俺もだよ。あぁ、喉がカラカラだな。まだ夕食には早いからどこかでお茶でもしようか」
「そうしましょう」
 自分も喉が渇いていたのでその提案に頷き、映画館の近くにある珈琲のチェーン店に入る。
「俺が買ってきますんで」
「そう? じゃぁ、アイスコーヒーお願い」
「はい」
 百武が選んだのはキャラメルラテだ。
 生クリームの上にはキャラメルソースがかけられている。
「随分と甘そうなの選んできたね」
 乃木には甘党なのをばれているので隠すのをやめた。
 ただ、飲んでいる姿をじっと見つめられ、居心地の悪さを感じる。
 しかも男前が微笑んでいるものだから、まわりにいる女性が乃木へ熱い視線を向けている。
「……見ねぇでくれませんかね? 鬱陶しいです」
「あぁ、ごめん」
 目の前の男に、そしてその男を見る女性たちの視界に出来るだけ入らないようにと俯く。
 ふぅとため息が聞こえ、そろそろ出ようと言われる。
「はい」
 急いで中味を飲み下して店を後にする。
「乃木先生、待ってください」
 早歩きの乃木に声を掛ければ、ぴたりと歩みを止めてこちらへと振り向いた。
「あ……」
「どうしたんです?」
「いや、早く二人きりになりたくてね」
「今から飯を食うんですよね……?」
「あぁ。個室、予約しておいたから」
 乃木に連れて行かれた場所は、自分の給料では到底入ることなどできないほどの高級料亭で。
 財布の中身を頭に浮かべ、割り勘でも無理そうだなとキャンセルして欲しと伝える。
「大丈夫だよ。奢るから」
「いや、でも」
 そこまでして貰うつもりはないと断るが、
「いいから」
 と言われ、意外と強い力で腕を掴まれてしまう。
「せ、先生ッ」
「いい加減にしないと、口を塞ぐよ?」
 ずいと顔を近づけられて、百武は逃げるように顔を反らせば、そのまま引っ張られて暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ」
 上品な着物姿の女性が二人を出迎え、乃木が名を告げると部屋へと案内される。
 そこは中庭の見える一室で、とても静かだ。
 こういう所には慣れないせいか、ソワソワと落ち着かない。
「なんか、落ち着かねぇです」
 向い合せに腰をおろし、ショルダーバッグを脇に置く。
「はは。何か飲めば落ち着くかも。ビール? それとも日本酒が良いか?」
「あ、俺、酒は苦手なんで、お茶で結構です」
「そうなんだ。じゃぁ、俺は日本酒にしようかな。あ、食事は頼んであるから。苦手なものはないかな?」
「はい。食い物は好き嫌いは特にねぇんで」
「よかった」
 飲み物の注文をし、それから暫くし、食事が運ばれて来た。
 美味そうな料理を目の前にし、否応なしにテンションがあがる。
「頂きます」
 手を合わせて、そういうと。
「召し上がれ」
 と優しい微笑みと共に言葉が返る。
 たらしめ、と心の中で思いつつ、箸で料理を掴む。
「美味い」
 あまりの美味さに目を見開き、乃木の方へと顔を向ければ、日本酒を飲みながら百武を愛おしそうに見つめていて、料理が喉に詰まってしまった。
「ごほっ」
「え、大丈夫、百武君っ」
 お茶を掴み一口。落ち着いたところで彼を睨みつけた。
「見ないでください」
「ごめん、すごく美味しそうな顔してたから」
 もう見ないよと、乃木も食事をしはじめて、百武は食事に集中することにした。
 だがやっぱり美味い食事に口元が緩んでしまうのはとめられない。
 そんな百武にくすくすと笑い声をあげる乃木に、
「俺じゃなくて、飯に集中してください」
 そう顔を顰めれば、
「はいはい」
 と乃木は食事を口にした。

 最後のデザートは乃木の分までしっかりと頂いた。
「美味しかったです。ご馳走様でした」
「喜んで貰えてよかったよ」
「奢ってもらってばかりで悪いです」
「なんで? デートに誘ったのは俺だし。だから気にすることないよ」
「ですが」
「じゃぁ、お礼に……」
 そういうと音をたて唇にキスをする。
「どさくさに紛れて、とんでもねぇですね」
 唇を手の甲で拭うと、乃木の顔が苦笑いを浮かべる。
「なんかショックだな」
「普通に男とキスなんてありえねぇでしょうが」
「俺は君とならしたいよ」
「はぁ。しょうがねぇですね」
 乃木の唇へと唇を押し付ける。
「百武君」
「お礼ですよ。じゃぁ、失礼しま……、なっ」
 ぐいと肩を掴まれて、再び唇が触れる。そのまま舌を差し入れ歯列をなぞる。
「ん、んんッ、……はぁ」
 散々、貪られて甘く痺れを残し唇が離れる。百武は頬を高揚させて上がった息を整えた。
 濡れた唇を舐める姿は扇情的で。キスの余韻もあったか、ドキッと胸が高鳴る。
「やっぱ、男とキスなんてありえねぇです」
「そんな可愛い顔して言われてもねぇ」
 頬を撫でられ、真っ直ぐに見つめられる。
「離してください」
 乃木の手が触れている箇所が熱くてしかたがない。
「好きだ」
 顔が近づき、今一度、唇が触れそうになり。
 だが、その唇は重なり合うことは無く。百武がキスを拒むように手を差し込んだ。
「調子にのらねぇで下さい。お礼はもうしました」
「残念」
「……話、楽しみにしてますんで。では、失礼いたします」
 はやくこの場から逃げ出した。
 今は乃木の顔をまともに見ることができないから。
「またね、百武君」
 引き止められることなく、すんなりと帰してもらえた。
「はぁ、油断ならねぇ」
 胸が激しく波打つ。
 はやくこの高鳴る鼓動を鎮めないといけない。でないと、乃木を担当の先生として見れなくなりそうだ。

◇…◆…◇

 新しいジャンルの話を書いたのは他の雑誌で、百武にはそれは恨めしそうな目で見られた。
「なんで、うちの雑誌で書いてくれなかったんです!?」
 今日発売の女性向け雑誌を乃木の目の高さまで掲げて見せる。
「えぇ、だって君の所が俺に求めているのはファンタジーな戦闘モノじゃない」
「う、確かにそうですけど」
「もしかして、気に入ってくれたのかな?」
「はい。読んでいて心が暖かくなりました」
 優しく、ほっこりとなれる話を書いてみませんかと、女性編集長に声を掛けられた。
 連載でいっぱいいっぱいだからと断っていたのだが、百武の事を知りたいと思うようになった頃から新しいジャンルの話を書いてみたくなった。
 そう、百武は乃木を優しい気持ちにさせてくれる、愛おしい存在なのだ。
「君が俺を変えたんだよ」
 だからこの話が生まれた。
「え?」
「百武君、俺の恋人になって欲しい」
「なっ、何を言って」
「本気だよ。今まで打ち合わせの時、仕事以外の話をしてくれなかったのに、今は俺と仕事以外の話もしてくれる。それって、少しは俺の事を好きって事だよね?」
「……自惚れないでください」
「あれ、違ったかな」
 目元を赤く染めながら言われて、きっと好かれているのだと、そう思ってしまう。
 頬へ触れて親指で撫でれば、ふるっと肩を震わせる。
「小説家としては尊敬してますし好きですが、一人の男としては苦手ですから」
 好きな人の可愛い姿にムラッとしてしまうのはしょうがないだろう。
 だから人の目があることを忘れて唇を重ねてしまった事も、その後、百武にお冷をかけられたこともしょうがない。
「乃木先生の、そういう所が嫌なんですよ!」
 そういうと喫茶店から出ていく百武の後姿を眺めつつ。
 タオルを持ってきてくれた江藤に、
「顔、ニヤついてますよ」
 と呆れた調子で言われ。
 タオルで拭いながら、江藤を見上げる。
「怒らせちゃった」
「酷い人ですね、乃木さんは」
 次の打ち合わせの時、百武は自分の非を口にし謝罪する。
 そして告白は無かったことにし、仕事の話をするのだろう。
「本気で好きなんだ、彼の事」
 だから彼の中で自分の存在を大きくするために、自分の想いを伝えていきたい。
「程ほどにしないと嫌われますよ」
 と江藤が暖かい珈琲を入れてきてくれた。
「あぁ、気を付けるよ」
 有りがたく忠告と珈琲を頂き、これからの事を思うと心がいそいそとする乃木だった。