寂しがりやの君

誕生日に振り回される

 クラスの奴は俺を不良扱いし遠巻きにする。
 教室は居心地が悪くて一人で昼は屋上で弁当を食べていたのだが、同じクラスの神野に話しかけられ、おかずを全部食べられてしまった。それ以来、俺の作った弁当が目的で一緒に食べるようになっていた。
 楽しく会話をしながらランチタイム、なんて事は無い。
 俺の方から話を振る事は無いので、神野が一方的に話をするくらいだ。
 だが、今日はなんだかソワソワするだけで話しをしはじめない。俺は無視して弁当を食べる。
「ちょっと、どうしたのとか聞いてくれないの?」
 と肩を掴まれ揺さぶられる。食事中にやめてくれ。
 弁当をわきに置き、
「鬱陶しい」
 とその手を払う。
「葉月ぃ、聞いてよ」
 顔を近づけられて、後ろへと反らす。
 すげぇ、ウザイ。
 このままでは食事にならないので、
「で?」
 一先ず聞いてやるぞという態度をとると、嬉しそうな表情を浮かべて話し始める。
「俺さ、今日、誕生日なんだよね」
「あ、そう。それはおめでとさん」
  心がまったくこもっていないお祝いの言葉を口にする。
 俺と神野は友達ではない。故に誕生日なんてどうでもいい。
「えぇ、それだけ! プレゼントは?」
 おかずを全部食べられてしまうから、仕方なく神野の分も弁当を作ってやっている。それなのにプレゼントを強請るなんて、図々しいにも程がある。
「それ」
  食べている弁当を指差せば、これはこれと言われてしまう。
「はぁ? ふざけ……」
「ね、俺の家でケーキ焼いてよ」
 言葉をさえぎられてムッとする。
「冗談じゃねぇ」
 そこまでしてやる理由がないし、家の事をしなければいけないので忙しい。
「じゃぁ、葉月の所でイイや。決まり」
「はぁ、何勝手な事いってんだよ」
 俺ン家でイイとか勝手に決めるな。 
 迷惑だから来るなと言って、昼休みのやり取りは終わったのだが、
「葉月、帰ろう」
 俺の席まで来て言うものだから、周りの奴等がざわついた。
 本気だったのかよ。ていうか、俺じゃなくて友達に祝って貰えばいいだろうよ。
「神野君、うちらがお祝いするから遊びに行こうって言ったじゃん」
 女子のグループがこちらを見ていて、その中の一人、茶色い髪をした派手な女子がものすごい目で俺を睨みつける。
「ありがとうね。でも、葉月との約束が先だったし、わざわざ俺の為にケーキを用意してくれているしね」
「はぁ?」
  余計な事をとその眼が俺に言っている。ケーキなんて用意してないし、約束もしていなかった。
 それを正直に言おうとしたら、神野に手で口をふさがれた。
「プレゼントも受け取ってくれないし、お祝いもさせてくれないし!」
「そうだよ」
 どうやら女子達からはプレゼントを受け取ってないようで、それじゃ余計に怒りの矛先が俺に向くじゃねぇかと神野を恨めしく思う。
「気持ちだけで十分嬉しいよ。じゃ、明日ね」
 これ以上は会話をするつもりはないと、俺の鞄を奪うように持ち教室を出ていく。
「おい、待てよッ」
 折角祝ってくれるっていっていんだ。向こうに行けよ。俺を巻き込むな!
 ムカつきながら神野を追いかけて教室を出る。
「鞄を返せ。で、あいつ等にお祝いしてもらえば良いだろうが」
  手を伸ばして鞄を奪おうとするが、寸前でかわされてしまう。
「俺は葉月にお祝いしてもらいたいんだもの」
 息がかかりそうなくらいに顔を近づけられて、俺は驚いて慌てて顔を離す。
「近いし。迷惑だ」
「ほら、スーパーに行くよ。荷物、持ってあげるから」
「おい、誰も作るって言ってない。てか、いつの間に俺の財布を奪ったんだよ」
 鞄は返してもらったが、ポケットに入れていた財布が神野の手にある。
「あはははっ、行くよ~」
 やたらと楽しそうに笑う神野に、呆れながら後に続く。
 なんで神野に振り回されなきゃならねぇんだよっ。

 買い物を済ませて家に帰る間、荷物を全部持たせてやった。持つと言ったのは神野だしな。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 玄関で声を掛ければ弟の透(とおる)が出迎えてくれる。
 透は中学三年生で、俺と違って人懐っこくて可愛らしい顔をしている。いつものように表情を緩めていると、
「そういう顔もするんだね」
 神野に言われてしまう。あ、透に意識がいっていて一瞬忘れていた。
 すぐに表情を引き締めれば、勿体ないと言われる。
「お兄ちゃん、お友達?」
「いや、ただの同級……」
「そう、友達の神野だよ。葉月とは同じクラスなんだ」
「はぁ、友達じゃ」
「そうなんだ。僕は透。よろしくね神野さん。中へどうぞ」
 訂正しようとするが、話はどんどん進んでいく。
「宜しくね。お邪魔します」
「いや、だから」
「今ね、ゲームをしていたんだけど、神野さんも一緒にやらない?」
「いいよ」
 と、リビングへと向かう。結局、訂正はすることが出来ぬまま俺はキッチンへ。
 荷物はテーブルに置かれており、俺はケーキを作る為の材料を取り出し、残りは冷蔵庫へとしまう。
 実はおやつ作りも慣れたもの。透の為に作っているから。
 まぁ、どうせ神野は貰う専門だろうよ。うらやましくなんてねーから。俺は自分で作れるしって、なんだか虚しい気持ちになるな、これ。
「さて、作るか」
 プレーンとココア味のカップケーキを作る。予熱しておいたオーブンへといれて焼きはじめる。焼き上がりは二十分くらい。その間に珈琲をセットし、生クリームを泡立てておく。
 そうこうしているうちに焼き上がり粗熱をとったあと、プレーンの方は生クリームでデコレーションし苺をのせる。ココア味は粉砂糖をまぶした。
 後は神野の分にハッピーバースデーと書かれたピックを差して完成だ。
 皿に二種類のカップケーキをのせて二人の前に出す。
「マジ、うれしい」
 ピックに触れ、ありがとうと口元に笑みを浮かべる。女子達がカッコイイと黄色い声が上がる、爽やかスマイル。
 俺が同じことをすると悲鳴が上がるヤツな。
「お誕生日おめでとう、神野さん」
 透がそう口にした途端、じっとこちらを見る。お祝いの言葉はと言いたいんだろうけれど、俺は知らぬふりをする。
 そんな俺の態度に苦笑いをし、
「葉月、何か言い忘れてない?」
 と催促をするように言うので、
「二度も言う必要はねぇ」
 俺は冷たくそういい返す。
「えぇっ、葉月からのお祝いの言葉は何度でも嬉しいんだけどな」
 そんな二人のやりとりを見て透が楽しそうに笑う。
「お兄ちゃん達って仲良しだね」
「はぁ? 冗談」
「だよね」
 俺と神野の声が重なり、互いに顔を見合わせる。
 なんだ、その嬉しそうな表情は。イケメン故に破壊力が半端ない。眩しくて目を細める。
「頂きます」
「ほら、さっさと食え。そろそろ塾に行く時間だぞ」
「あ、本当だ。頂きます」
 アイスコーヒーをわたし、ガムシロップと牛乳をテーブルに置く。
 透は両方入れていたが神野はそのまま飲む様だ。
「頂きます」
 生クリームの方を一口。神野が相好を崩す。
「美味い」
「だろう?」
 褒められれば気分は良くなるもので、特別にと俺の分の苺を目の前に差し出せば、目を瞬かせて「俺に?」と自分を指さす。
「ほら、あーん」
「……え?」
 驚いた顔をする神野にを見た瞬間、透にすることを無意識にしまった事に気が付いて恥ずかしくなる。
 流石にこれはねぇよな。
 手を引っ込めようとしたが掴まれてしまい、そのまま口元へとはこんでいく。
「なっ」
「うん、美味い」
 目を細めて口角を上げる神野の、その表情に胸がざわついた。
 何だよこれ。
「ゴチソウサマ」
 と髪を撫でられ、目を見開いたまま胸に手を押さえる。
 神野は透と話をし始め、俺は落ち着かぬまま、空いた皿を片付け始めた。

 透が塾へと行き、部屋に二人きりとなる。
「そろそろ家の事をしたいから帰れよ」
「用が済んだら追い出す訳?」
「そうだよ」
 ケーキを食べさせたのだから目的は果たした。神野がいると落ち着かないので帰って欲しかった。
「冷たいな、葉月は」
「ふざけんな」
 これ以上、付き合う気はねぇ。無理やりにでも帰らせようかと彼のすぐそばに立つ。
「誕生日なんだからさ、少しぐらい良いだろ?」
 ソファーに座ったまま、動こうとしなでこちらを見上げる。
「俺には関係ない」
「関係なくない」
 そう言うと、腕を掴まれ引っ張られた。
「なっ」
 バランスを崩しソファーの上に倒れ込めば、神野の手が頬へと触れて撫でられた。
「やめろよ」
 それでなくとも落ち着かないのに、余計に困る。その手を払いのけようとするが、
「俺さ、好きな人に誕生日を祝って貰った事が無くてね」
 ふ、と、寂しそうな表情を浮かべる神野に、その手はぴたりと止まる。
「俺の親って小さい頃に離婚しててさ。母親は仕事で忙しい人でね。誕生日も、好きなプレゼントを買えって金を渡されてね。なんかさ、虚しくならない?」
 だからなのか。俺にケーキを手作りしろと強請ったのは。
 弁当だって、家庭の味に飢えているから、あんなに美味そうに食べるのか。
「だから、せめて葉月だけは俺の誕生日を祝って欲しい」
 それは俺を友達として好きだと思ってくれているという事か。
 クラスの誰でもない、この俺を、だ。
「うわぁ、その反応、やばいって」
 俺を見た神野が両手で顔を覆う。
 何、俺、今、気持ち悪い表情でも浮かべているのか?
「可愛い」
「なっ!」
「もう、さっきから何なのっ。あーんとか、してくるしさぁ。俺、葉月が可愛くてしかたがないよ」
「なっ、可愛い、だと?」
 見た目が怖いと散々言われてきた俺を可愛いだなんて。
「前にさぁ、葉月の作ったおかずを美味しいって褒めた時もさ、嬉しそうに頬染めちゃってさ、たまんないね」
 普段、家族以外に褒められる事がないから、つい顔に出てしまっただけで、まさか、いつも何かを呟いていたのは、俺を可愛いって言っていたのだろうか。考えるだけでいたたまれない気持ちとなる。
「あぁ、もうっ、お前、マジで帰って」
 これ以上、何かを言われたら、俺の気持ちが保てねぇ。
「俺ね、葉月ともっと仲良くなりたいから、これからは教室でも遠慮しないから」
 神野を追い出し玄関のドアの前に座り込む。
 きっと女子には睨まれるだろうし、前のように喧嘩を吹っかけられるかもしれない。
 やっかいな奴にまとわりつかれたと、明日からの事を思うとウンザリとした。