Short Story

Rivale

 ラインの通知音。Le・シュクルでパテェシエをしている蒼士からだ。
 彼とは店で顔を合わすようになり、しかもお互いに年上の男性に恋をしていて、それで仲良くなった。
 時折、龍之介の写真を送ってくれるのだが、嫉妬で頭が真っ白になった。
 龍之介にとっては些細な事かもしれない。だが、あの表情を見てしまった関町の心は穏やかではない。
 その夜、嫉妬から彼を問い詰め、そして、二度目のキスをした。
 キスにとろける龍之介に煽られた。
「はぁぁ……」
 あの時の表情を思い出し、そのまましゃがみ込む。
「ひとつになりたい」
 あの人の全てを自分のモノにしたい。
 体中を舐めつくし、突起するモノしゃぶりついて、一緒に高みにのぼりたい。
「シャワー、浴びよう」
 下半身に熱がたまり落ち着かない。抜いてすっきりさせたい。
 きちんと拭いて暖かくしていれば大丈夫かと、性欲の処理を優先することにする事にした。
 シャワーを浴びながら、自分のモノを扱く。頭の中の龍之介が関町を欲しがり淫らに乱れる。
「はぁ、りゅうのすけさん……」
 暫く頭の中の行為に酔い、そして、ぶるりと震え欲が放たれる。
「ふ、ぁ」
 手に付着したどろりとしたモノ。いつか彼の中に腹いっぱい注ぎ込みたい。
「あぁっ、俺ので濡れた龍之介さんとか、たまんねぇっ」
 また下半身が熱くなり、余程たまっていたんだなともう一度抜いてから身体と髪を洗ってバスルームを出る。
 キッチンに作り置きしてある料理を美味しく食べ、薬を飲んでベッドに横になる。
 体調はもう大丈夫だ。色々な意味で龍之介のお蔭でよくなった。
 明日は仕事に出られそうだと清美にメールを送り眠りについた。
 

※※※

 職場で、朝の挨拶と共にご迷惑をお掛けしましましたと声を掛ける。
 忙しかったぞと言われたが、それはわざと。それよりも体調を心配してくれる。良い人たちばかりで、朝からほっこりとした。
「清美さん、龍之介さんに頼んでくれてありがとうございました」
「私よりも龍ちゃんの方が良いと思って」
「はい。なによりの特効薬でした」
「良かったわ。さ、お店を開ける準備をしましょう」
 Luce(ルーチェ)は欧州からの輸入雑貨を取り扱っている店だ。
 お洒落な高級雑貨店と女性の評判がよく、SNSで見たと店に足を運んでくれる。
 おかげさまで売り上げも上々。しかも清美曰く、「関町君目当ての子もいるのよ」らしい。
 そうはいうけれど、清美の接客した相手のリピート率は高く、見習いたい先輩である。

 その日の午後に訪れた客は目を奪われるくらいに色気のある大人の男だった。
 そう、実物は写真よりも男前だ。
「いらっしゃいませ。長谷様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「龍之介から話を伺っております」
「あぁ、貴女が清美さんですね。キュートな方だ」
「ありがとうございます」
 仕事中だ。しかも向こうは客なのだ。私事で彼に話しかける事は出来ない。
「レセプションの招待状を手作りしようと思ってね」
「サンプルを何点かご用意いたしますので、こちらにお掛けになってお待ちください」
「失礼いたします。お待ちの間にお飲み物は如何でしょうか」
 お客様対応中の従業員にかわり、手の空いている者が待っている客にお茶を出す。
「あぁ、じゃぁ、ホットコーヒーを」
「かしこまりました」
 奥にある給湯スペースで珈琲を入れる。トレイに珈琲と焼き菓子をのせて持っていく。
「ありがとう。Le・シュクルの焼菓子かな」
「はい、そうです」
「美味しいよね」
 長谷は龍之介がフランスにいる頃から彼の作る菓子を食べているのだ。それが自慢げに聞こえてしまうのは、ただの嫉妬。
 だけど悔しくて拳を握りしめそうになる。
「それでは失礼します」
 今は自分の感情は後回し。そう言い聞かせて頭を下げて離れようとするが、
「ねぇ君、俺の事をずっと見ていたよね」
 と言われてぎくりとした。
 ばれていたかと、ここは気を取り直し、
「失礼しました。清美さんとお知り合いなのかと」
 そう言葉を返した。
「あぁ、彼女ではなくて弟さんの方とね」
「龍之介さんと、ですか」
「そう。フランスでね」
 ふ、と唇を綻ばせる。押さえていた感情がどろりとあふれ出る。
 それでも耐えなければいけない。ここでお客様である長谷とトラブルを起こすことはできない。
「もしかして、龍之介に惚れてるの?」
「……え?」
 我慢できずに表情に出てしまったか、自分の頬へと触れると、長谷が吹きだした。
「素直な子だね」
 くつくつと腹を抱えながら笑う長谷に、羞恥で顔が熱くなる。してやられた。
「はじめは男として嫉妬されているのかと思っていたんだけれど、フランスと口にした時、目が鋭かったよ」
 この魅力的な見た目だけでも羨望してやまないのだから、嫉妬されるというのは頷ける。
 関町は別の事で嫉妬していたが、今は客と従業員。表情には出さないようにと笑顔を貼りつけていた筈だが、簡単にそれを剥がされてしまった。
「失礼いたしました」
「良いよ、あ、清美さんが戻ってきた。この話は後でね」
 と財布から名刺を取り出して関町のポケットへと入れた。
「連絡頂戴。一緒に飲もう」
 色気のある笑みを浮かべて腕を軽く叩かれる。
「はい」
 頭を下げて給湯室へと戻りポケットの中から名刺を取り出す。
 ビストロ・オルキデ。
 シンプルな白地に金色で花のロゴが描かれている。
 花というイメージが無いので意外だと思ってしまった。

 一緒に飲むかどうかは別として、先ほどの事を謝るために連絡を入れる。
「そんなの気にしないでよ」
「いえ、お客様に対して失礼な態度でしたから」
「そうだよね、接客業だものね。わかった。じゃぁ、俺に付き合って。それでチャラね」
 と、実は店の近くに来ているのだという。
「え、どうして」
「龍之介の家に行くから連絡が無くてもお誘いしようと思ってね」
 店の外へと出ると紙袋を持った長谷が外に立っていた。
「長谷さん」
「ボンソワール、関町君」
「あ、えっと、ぼんそわーる?」
「あはは、なんで疑問形なの」
 一緒に歩き出す。
「頂いた名刺に花の絵があったのですが」
「あぁ。オルキデ、蘭って意味。だから蘭の花」
「そういう事だってんですね」
「しかも、フランスって、漢字表記だと仏蘭西って書くじゃない? だからフランス語で蘭でいいじゃないのって、従弟が名付け親。花屋なら解るけどさ、適当だよね」
 と、肩をすくめる。
 確かに店の名前は大切な看板。安易につけられてもと思う所だろうが、結局はそれを採用しているのだから長谷も悪くないと思ったのか、それとも深い意味があるのか。
「龍之介だってさ、名字が佐藤だからって、店の名前がLe・シュクルだし」
「それに関しては何も言えません」
 名前と甘いという事をかけて店の名前にした訳だし、長谷の従兄弟よりはましだろう。
「長谷さんは、そう言いながらも店の名前、気に入ってるんでしょう?」
 その言葉に驚いたのか、目を瞬かせて関町を見る。
「うん、良くわかったね」
 そしてふわりと優しげな表情を浮かべた。
 なんて良い顔をするんだろう。思わず見惚れてしまう。
 狙った相手をいとも簡単に落としてしまいそうだ。関町は苦笑いを浮かべつつ長谷から視線をそらした。