Short Story

Bonheur

 レセプションの招待状には、龍之介と関町宛となっていて、必ず二人で出席するようにと手書きがそえられていた。
 いろいろな意味で長谷には世話になった。喜んで出席しますと連絡を入れた。
 相変わらず長谷の作る料理は美味い。

 久しぶりに味わい、フランスにいた時の事を思い出していたら、関町の顔が近づく。
「龍之介さん、もしかしてフランスの事を思いだしていました?」
「あぁ、その通りだ」
 嫉妬したのかと軽く微笑むと、拗ねた表情を浮かべながら小さく頷いた。
「だって、随分と可愛い顔してたんで」
「お前ねぇ……」
 関町の目には自分はそうみえるのか。
「仕方がないだろう」
「解ってます。龍之介さんにとって大切なものだって事は。だから、心が狭くてごめんなさい」
 随分と可愛い事を言ってくれる。
 恋人という関係になってから、関町の気持ちを素直に受け止め、甘えられるようになった。
 ここが部屋だったら、このまま彼を引き寄せてキスをしていただろう。
「恋敵に塩を送るような真似をしちゃったな」
 駄々漏れな甘い雰囲気に察したのだろう。
 長谷がため息交じりにそう口にする。
「長谷さん、そんな事を言って。本気じゃないでしょう?」
「いやだなぁ、龍之介、俺はいつでも本気だよ。関町君、ジュデーム」
 と関町に向けてウィンクをして見せる。
「うわぁぁ」
 色っぽく言われて、顔を赤くして頬に手を当てる関町に、
「何、赤くなってんだよ」
 と後頭部を引っ叩く。
「あはは、本当に面白いなぁ、二人とも。からかいがいがあるよね」
 つまりはそういう事。
 人差し指を立て唇にふれて投げキスのような仕草をする。
 はっきりしない龍之介に気が付かせる為、そして、一途な関町を応援する為に引っ掻き回したというところか。
「長谷さん、勘弁してくださいよ」
 眉を落とす関町に、
「ゆっくりしていってね」
 と手を振り、長谷は別の招待客の元へと行ってしまった。
「遊ばれてますよね、俺達」
「あぁ、その通りだ」
 関町と恋人同士となった事で長谷にやくことはなくなったが、からかわれるのは勘弁してほしい所だ。
「やっぱりあの人には敵いません」
 そんな顔をせるのですからと、手が頬へと触れた。

※※※

 レセプションが終わり、関町が龍之介の部屋へと送ってくれる。
「関町、腹にはまだ余裕があるか? 」
「あ……、そうですね」
 お腹の具合を見るように撫でている。
「これ、食えよ」
「わぁ、エクレア。綺麗な緑色のクリームですね」
 それを手に取ると高く掲げて眺めている。
「食べてみろ」
「はい」
 大きく口を開いて一口。直ぐに顔がふにゃりと緩む。
「はうぅ~」
 口の端にクリームをくっつけて、蕩けるような笑みを浮かべる。
「ついているぞ」
 自分の口の端を指でたたくと、気が付いたようで真っ赤な唇がそれを舐めとった。
 思わずその仕草に目を奪われて、すぐに我に返り視線を外す。
「はぁ、美味しかった」
 ウットリとした声でそう呟き、
「龍之介さん、御馳走様です」
 と両手を合わせた。
「これ、何で出来ているんですか」
「エクレール・ピスターシュ・ノワゼット。ピスタチオのクリームの中に細かくしたカシューナッツを混ぜたものだ」
「そうなんですね。ピスタチオのクリーム、初めて食べました」
「ついてるぞ」
 口の端についたクリームを舐めとる。
「うん、流石、俺。美味……、ん」
 唇を重ね、舌が絡みつく。
「はぁ、龍之介さん」
 甘い。
 とろけてしまう。
「お前が俺の菓子を食う姿がすげぇ好き」
 美味そうな顔をするからと、唇を撫でる。
「美味しいですよ」
 また唇が触れ合う。
「はぁ、大雅、キスだけじゃ足らねぇ」
「俺もです」
「もっと良い顔、見せろよ」
「はい」
 スーツを床へと脱ぎ捨てると、
「しわになります」
 それを拾い上げてハンガーに掛けていく。意外と細かいなと、それを邪魔するようにキスをする。
「ん、駄目ですって」
 でもキスをすることはやめない。
「クリーニング出すんだから、良いよ」
 ネクタイを外し、シャツのボタンを外すと、関町はあきらめたかため息をついてそれを床へと落とした。
「龍之介さんって意外とズボラです」
「お前が意外と細かすぎるんだよ」
 互いにそう言い合い、そして顔を見合わせて笑う。
「そういう所、嫌いじゃねぇよ」
「奇遇ですね。俺もです」
 足りない所を補えますからと、関町が前向きな発言をする。
「俺でも龍之介さんにしてあげられることがあるんだって、それがすごく嬉しい」
「まぁ、お前のいい所は顔だけだものな」
「酷い、そう思ってたんですか」
「あぁ。でも、これから知ればいいんだ、そうだろう?」
「はい、これからゆっくりと、ですね」
 手を絡ませ、キスをする。
「こんどは俺の番な」
 たっぷり食べさせろと腹を撫で口角を上げれば、関町の下半身のモノが天をむく。
「おいおい、いやらしいなぁ」
 細く長い指を絡ませれば、ビクッと反応し身体は跳ねる。
「龍之介さんが煽るからっ」
「可愛いの。じゃぁ、美味しく頂くとしようか」
 先っぽにかるくキスすると、やたら恥ずかしそうに関町が手で顔を覆う。
「もう、龍之介さんがエロ過ぎる……」
「俺はこういう男なんだよ」
 幻滅したかと顔を近づければ、
「いえ、最高です」
 と額をくっつけて、関町がふにゃっと表情を緩めた。

 二人の関係は清美にも知られている。恋人同士になった日に関町が連絡をしたそうだ。
 姉には元々隠すつもりはないので別にかまわないが、連絡もなく突然やってくるとは思わなかった。
「あら、やだ~、お邪魔だったかしら」
 と、言いつつもやけに楽しそうだ。
「姉さん」
「関町君、おはよう」
 頭を抱える龍之介を無視し、関町の元へと向かう。
「清美さん、おはようございます」
 まだ寝癖のままの髪に、ワイシャツとスーツのズボンという恰好。あきらかに泊まりましたといわんばかりだ。
「ふふ、やるわねぇ関町君」
 と自分の首を指でとんとんと叩く。
 そこには昨日の情事の痕が残る。洗面台の鏡でそれを発見した時は、目立つところに痕をつけたことに関町を叩き起こして叱ったのだが、二人きりだからと隠すことなくしていたのがいけなかった。
「えへへ、やっちゃいました」
「朝飯は?」
「食べた。珈琲を頂戴」
 根掘り葉掘り聞きたいのだろう。その役目は関町に押し付けて龍之介はキッチンへと向かう。
 時折、姉のキャーと楽しそうな声が聞こえる。
 珈琲をいつもより丁寧に入れて時間を稼ぎ、それを持って戻ると、二人は仕事の話をしていた。
「素敵なお話聞かせてもらいました」
「そうかよ」
「関町君」
「はい」
「龍ちゃんの事、よろしくお願いします」
 と頭を下げた。
「え、姉さん」
「清美さん」
 龍之介と関町の言葉が重なる。
「私にとって大切な家族なの。幸せになって欲しい」
「はい、大切にします」
「なっちゃんにも教えてあげなきゃっ。あんな事とか、こんなこと……」
「関町、何処まで話したんだよ」
 余計なことまで話したのではないだろうか。
「え、龍之介さんは意外とエロいとか」
「せーきーまーちっ!!」
 こめかみを拳でぐりぐりとする。
「龍之介さん、痛いですっ」
 半泣きの関町に、清美はそれをスマートフォンで写真を撮って笑っている。
「お前はなんでも話すんじゃねぇよ。姉さんも根掘り葉掘り聞くな、腐女子め」
「ふじょし?」
 関町には謎の言葉だったか、目を瞬かせる。
「男同士の恋愛が好物なんだよ、うちの姉はっ」
「あぁ、だから、ずっと前に『期待を裏切らないわぁ』と言われたことがあったんですけど、そういうことですか」
 何に対しての期待だ、それは。
「姉さんっ」
 二人の間で何を話されているのか、考えるだけでも頭が痛くなりそうだ。
「ちなみになっちゃんもでーす」
 てへっと可愛く小首を傾ける。
「そうなんですね。いいですね、親子で同じ趣味って」
「でしょっ」
「おい、違うだろ。俺らは良いエサなんだぞ」
 天然かよと関町の頭を叩く。
「え、でも、家族に祝福されるなんて嬉しい事じゃありませんか?」
 確かに家族の理解があり、しかも応援してくれるのだ。
 しかも、素でそんな事を言える恋人に、龍之介の胸がきゅんと音をたてる。
「あぁ、その通りだな」
「でしょう?」
「本当、関町君はいい子ね」
 清美が二人を抱き寄せる。
「お姉ちゃんは二人の味方だからね」
「ありがとう」
 自分は恵まれている。
 夢を追わせてくれた家族、そしてこんなにも愛してくれる恋人がいるのだから。
 二人を愛おしく見つめ、そして微笑んだ。