Short Story

逢引

 ここは城跡として多くの歴史遺構が存在している。
 歴史的有名な暗殺事件のあった門、橋、鎌倉末期~南北朝時代初期に活躍した武将の像を見学し、三つの番所を通り大きな芝生の広場へ向かう。ここが本丸のあった場所だ。
「俺、大浜さんとここからはじめたいんです」
「はは、すごろくのスタートみたいな? 俺、好きだよ、ここ」
 まずは天守台の展望台へと向かう。石垣の土台が残っていて、スロープになっておりあがれるのだ。
「ここから近くにある門から出て、公園でお弁当タイムな」
「わかりました」
 気が緩んだか、いつもよりも表情が柔らかく見える。
 楽しんでくれているのか、そうだと良いと思いながら石井の背中を軽く叩く。
「よし、天守台を背景に撮るぞ」
「はい」
 展望台からおり、スマートフォンで一緒に自撮りをする。ここに向かう途中で、石井からお願いされたことだ。
 デートをした記念に、と、真面目な表情をしていうものだから、こちらが妙に照れてしまった。

 のんびりと歩いて見て回った。公園に着く頃には丁度、お昼にするのに良い時間だ。
 芝にレジャーシートを敷き、ピクニックを楽しむ家族連れや恋人の姿がある。
「俺も持ってきたんだぜ」
 バッグに引っ掛けられる軽量でコンパクトなレジャーシートだ。
「用意が良いんですね」
 ふ、と、口元が少し綻ぶ。
 実はデートに行くからと、わざわざ買ってきた。
 石井相手に何をしているんだと、何度か買うのをやめようかと思った。だが、こんな些細な事で喜んでもらえるならと思い直して購入したのだ。
 思った通りに反応が貰えて、にやけそうになるのを必死でこらえる。
 まだだ、おにぎりを食べた時の反応を見るまでは。
 バックの中からおにぎりを取り出す。塩昆布とおかか、梅干と雑魚だ。
 ポットの中には暖かいお茶をいれてきた。
「二種類も作ってくれたんですね」
「あぁ。混ぜて丸めただけだけど、簡単で美味いんだ」
「ありがとうございます。では、頂きます」
 一口。目を見開いてまじまじと眺める。
「なんだ、不味かったか?」
 特に変なモノは混ぜていない筈。自分でも一口食べてみるが、いつもと変わらない味だ。
 それとも苦手なモノがあったのだろうか。
「それとも、なにか苦手なものがあったか」
「いえ、愛情はスパイスだって、本当なんですね」
 真面目な顔をそういうとおにぎりを頬張る。
「な、なっ」
 言われた方は照れずにいられない。
「馬鹿な事を言ってんじゃねぇっ!」
「食事なんて腹を満たすものでしかなかったですが、貴方が俺の為に作ってくれた事が、心まで満たしてくれました」
 その言葉が胸に衝撃をあたえ、落ち着かないほど高鳴る。
「お、大げさだよ……」
「ありがとうござます」
 美味しかったです、御馳走様と手を合わせた。
「あ、うん。おそまつさま」
 石井は本当に自分の事がそういう意味で好きなんだ。
 自分はどうだ、石井の事をどう想っているのだろう。
「大浜さん?」
 おにぎりを持ったままの大浜に、石井がこちらを見つめている。
「あ、いや、ちょっと梅干がすっぱかっただけ」
 と誤魔化し、おにぎりを口の中へと入れる。
 お茶を飲んで一息。
 彼を意識し始めた途端、気まずい思いを感じ始めた。
 今は考えないように、これでは石井まで気まずくさせてしまう。
 気持ちを切り替えろ、そういう意味で自分の両頬を叩く。
「どうしたんですか」
「飯食ったら、眠気がさ」
「ここ。気持ち良いですものね」
 そういうと横になる石井に、自分も真似をして横になる。
 確かに気持ちいい。
「少し、昼寝しましょうか」
 その提案は魅力的だ。
 だけど、結局は隣で眠る男の事ばかり考えながら空を眺めていた。
 

◇…◆…◇

 面倒な人付き合いも、好いた相手だとこんなにも楽しくなるものなのか。
 デートの誘いを受け入れてくれた。しかも自分の為に弁当まで用意してくれたのだ。
 一日中、ふわふわとした感覚で、とても幸せな時間を過ごせた。

 いつもの川沿いの土手道を歩く。
 折角のデートだったのに周りの目が気になり、手をつなぐことが出来なかった。
 だからひとけの無い事を理由に、大浜の手を掴んで指を絡ませた。
「な、いきなりなんだよっ」
「まだデートの最中なので」
 どんな反応が返ってくるだろうか。少しだけだぞと許してくれるか、それとも拒否られるか。
「はは、そうだな」
 その手をぶらぶらと何度か揺らしはじめる。
「いい年をした男が二人、手をつないでるって見られたら恥ずかしいな」
「そうですね」
 でも、そう言いながらも繋いでいてくれた。
 それが嬉しくて、芯が震え身体が熱くなってくる。
 もっと、温もりを感じたい。そう思った時には大浜の手は離れていた。
「また月曜日な」
「はい」
 別れが悲しいなんて、思う時がくるなんて。帰っていく大浜の後姿を名残惜しく、姿が小さくなるまで見送っていた。


 大浜の姿を見れば、昨日のデートを思い出して口元が緩んでくる。それを隠すように口元に拳を押し当てる。
 撮った写真はフォルダーに納めておいた。マンションに帰った後も、それを何度も眺めては浮かれた気分となっていた。
「何、ニヤニヤしているの」
 その声にビクッと肩が震える。
 いつの間に傍にいたのだろうか、やたらと嬉しそうな表情を浮かべた柴が隣に立っていた。
「なんですか、社長」
「だーって、孝平君がとっても楽しそうな顔をしているからさぁ」
 表情が乏しくてわかりにくいのに、柴はちゃんと解ってくれる。
「どうせ、 からかおうとでも思ったんだろ」
「うん、それもあるけどさ、良い方に向かってるなって」
 伯父として心配なんだよと、昔から親以上に自分を気に掛けてくれている。
 嬉しいがそれを素直に言葉にして口にすることはできない。それところか、つれない態度をとってしまう。
「俺の事なんて気にかけてないで、仕事してください、社長」
「冷たいなぁ、良いよ、大浜君に聞くから。おおは――、んっ」
 声を掛けようとしていたが口を手でふさぐ。
 昨日の事は柴には話していないが、石井が反応を示すのは大浜絡みだという事はとうにばれているのだ。
 素直じゃない甥よりも、素直な部下に聞け、そう思ったのだろう。
「やめてくれよな」
 小声でそう言うと手を離した。
「おい、石井」
 デスクで大浜が手をあげて石井を呼ぶ。
「はい、今行きます。余計な事を聞くなよ、伯父さん」
 そう釘を差し大浜の元へと向かった。