Short Story

待ち人来る

 二人になり、互いに緊張していたのだろう。気まずい空気が漂い、それをけすかのように、
「荷物、運ぶか」
 と亮汰は親指で玄関を指さす。
「あ、そうだな。拭くものをかして」
 キャスターを拭いて荷物を運ぶ。
「思ったよりも少ないな」
「最低限のものしか持ってきてないから」
 その言葉に、おもわずぎくりとする。
 隆也は結婚式のために帰国したのだからフランスへ戻ることはあり得ること。だが、終わったらすぐに旅立つつもりなのだろうか。
「なぁ、結婚式が終わったらすぐに向こうにいってしまうのか?」
 隆也の腕に手を置く。
 せめて一か月くらいは日本にいて欲しい。それに、最低でも一年に一度は帰ってくるという約束をしたかった。
「そんな寂しそうな顔をしないでよ」
 両方の頬を手ではさみ、ふ、と間近で優しく微笑まれて心臓が高鳴った。
「近いっ」
 顔を振るい隆也の手を払って距離をとる。
 流石に相手が男でも、あの距離はドキドキとする。
「あ……、可愛かったのに」
「可愛いてっ、何がだよ」
 無駄に顔の良いし、久しぶりだから余計に緊張する。
「亮汰が寂しがるから、ずっと日本にいるよ」
「はっ、俺のせいにして。本当は隆也さんが寂しいんじゃないの?」
「うん。その通り」
 また心臓が高鳴った。
 内心は嬉しいのだが、その顔を見られたくはないからだ。
「なんだ、喜んでくれないの?」
 寂しいなといわれた。
「そうだな、タダで美味い物を食わせてくれるなら喜ぶかな」
「それ、桜ちゃんにも言われた」
 それは当然だろう。つれないことを口にしても、本当は桜も隆也の帰りを待っていたのだ。
「皆、思うことは一緒な」
「酷いなぁ」
 と苦笑いを浮かべる。
「酷いのは隆也さんだろう。何年も連絡をよこさねぇし。薄情だなって思ってた」
「ごめん。向こうにいたら楽しくて」
 家族や亮汰がいる場所よりも、フランスのほうがそんなによかったのか。あまりにもつれない答えだ。
 胸がちりちりとする。表情や感情を抑えることができても、奥深くで燻る。
 隆也は別に亮汰に会いたくはなかったのだろう。自分はこんなにも会いたいと思っていたのに、その温度差が気持ちを落ち込ませる。
「亮汰、どうした?」
 顔を覗きこまれ、別にと返して背ける。
「そうだ。相手の人、どんな子なの? 写真見せてよ」
 と今度は自分の掌に合わせた。
「あー、これ。彼女の名前は唯香っていうんだ」
 スマートフォンから画像を表示する。家族と唯香、一緒に撮った写真だ。
「へぇ、唯香ちゃんか。可愛いね」
「まぁな。笑顔がとても優しくて可愛いんだ」
「そうか。だから亮汰が惚気るわけだ」
 その言葉に口角をあげて、スマートフォンをポケットにしまう。
 その仕草でなんとなく言いたいことが伝わったか、隆也は口元に笑みを浮かべた。
「あ、隆也さん疲れているだろう」
 フランスから日本まで飛行機で十二時間以上かかるのだ。移動だけでも相当な時間がかかっている。
 はやく休ませてあげるべきだった。
「そうだな。飛行機で寝ていたが、流石に疲れたかもしれない」
「隆也さんの部屋なんだけど、和室でも平気?」
「和室があるんだ。いいねぇ」
 とドアを開いて部屋の中を眺めている。
「もしも眠れなかったら言って。俺がこっちで寝るから」
「大丈夫。昔は敷き布団で寝ていたんだし。お、文机だ」
 仕事をしたいときに使って貰おうとおいたものだが、イイねといいながら机を撫でる姿を見ると、どうやら気に入ってもらえたようだ。
「あぁ。日本に帰って来たって実感する」
 と布団にめがけてダイブする。
「寝るなら風呂に入ってからにしなよ」
「うん。そうだ、一緒に入るか?」
 小さな頃みたいにと、ニッと笑った。
「風呂の準備しておくから」
 それには答えずに部屋を出ようとすれば、つれないなといわれる。
 子供の頃とはわけが違う。大人になってしまったこの身体を見せるつもりはない。
 襖をしめようと振り向くと、隆也は掛け布団の上に横になったまま眠っていた。
 やはり疲れていたんだなと、寝室から自分の使っている毛布を持ってきて隆也に掛けてやる。
 寝顔を見るのも何十年ぶりだ。かっこよくて自慢の従兄のまま目の前に現れた。
「お帰り。隆也お兄ちゃん」
 そっと前髪に触れる。この感触はけして幻ではない。
 ギュッと拳を握りしめる。この喜びをじっくりとかみしめて、
「おやすみなさい。また明日」
 と言葉を残し、亮汰は部屋をでた。