小さな食堂

自分の気持ち

 常に沈着冷静であれ。警察学校へと進むために家を出る息子に告げた父の言葉。
 それを胸に刻み過ごしてきたのだが……、流石にこれには冷静でいられなかった。
 股間のモノに触れられた時もだが、たまっているものを抜こうかと言われた時も実は動揺していた。
 沖は面倒見の良い、小さな食堂を営む店主で、自分と同じ性別だ。
 いくらなんでも強面のいかつい男の、しかも性処理を手伝わせるなんてと思った。だが、沖がバイだと知り、男も平気なのだとわかったら、再び誘われて断らずにお願いした。
 まさかフェラをされるとは思わなかった。ゆえに驚いて止めてしまったわけだ。
 だが、沖は再び郷田のモノに舌を這わせ始めた。
 真っ赤な舌がちろちろと先を弄る。こぼれ落ちる蜜を舐めとり、そして口の中へと咥えてじゅるりと吸い上げられた。
 これはたまらない。もっと奥まで欲しくなり頭を押さる。
「はぁ、沖さん、そろそろ」
「ん……」
 さらにきつく吸われて、たまらず口の中へと放ってしまった。
「すみません」
 ティッシュをとり沖へと手渡す。
「謝らないで。わかってて離さなかったんだから」
 口の中の白濁をティッシュの中へとはきすて、拭いきれなかったのを親指で拭いぺろりと舐める。
 あの舌が今まで自分のを舐めていたなんて。そう思うと下半身に熱がこもる。
「まだ足りないよね?」
 その通りだった。煽られた体はその先の行為を望んでいた。このまま沖を押し倒してしまいたい。
「沖さん」
「郷田君、しようか」
 スウェットを胸までまくる。白い肌に浮かぶ真っ赤な乳首に食らいつきそうになり郷田は熱から覚める。
 流石にこれ以上は甘えてはいけないという理性が彼を止めた。
「あの、明日、早いので寝ます」
「あ、そう、だよね」
 捲りあげた上着を元に戻し、布団の中へと入る。
「お休み、郷田君」
「はい、おやすみなさい」
 すっきりとしたこともあり、郷田はすぐに眠りに落ちた。

 いつもなら時間前に目が覚めるのに、今日は起こされるまで目が覚めなかった。
 ここまで熟睡できるとは思わなかった。事件が解決できない間は気分が高まりあまりよく眠れないのだ。
「郷田君、おはよう。ご飯の用意は出来ているよ」
「あ、すみません」
「家に帰っても間に合うように起こしたから、まだ時間は大丈夫だよ」
 自分に合わせ、しかも家に帰る時間まで余裕をもって起こしてくれるなんて。
 つくづく甘えっぱなしで申し訳がない。
「沖さん、ありがとうございます」
「俺が勝手にお世話をやいているだけだよ」
 いつもと変わらぬ沖の態度にホッとする。
 あのまま沖を抱いて、冷静になった時に気まずくなってしまうかもしれない。彼とだけはそうはなりたくなかった。
「郷田君、召し上がれ」
 山盛りのご飯と、具だくさんのお味噌汁があつあつの湯気をたてる。
「はい。頂きます」
 夢中で箸を動かす姿を沖が微笑みながら見つめていて、それがやけに胸をざわつかせた。

 事件を解決できないことへの焦りや不安で押しつぶされそうな気持ちを、沖の持つ雰囲気が郷田の焦りを和らいでくれる。
「沖さん……」
 胸がぎゅっとする。時折、沖といるとおきる症状だ。
 頼りにされたいと思うのに、結局、自分は甘えるばかりでなにも返せてない。
 朝から美味しい食事を食わせてもらい、頑張ってねと笑顔を貰う。
「班長、お疲れ様です」
「なんだ、お前、やけに機嫌がいいな」
 顔に出ていただろうか。表情を引き締めるように頬を叩く。
「いっつも怖ぇ顔してるお前がさ、そういう顔を見せてくれると安心するわ」
「班長……」
「大切にしろよ」
 トンと胸を叩き、西久保が傍を離れる。
「郷田、行くぞ」
 佐木が呼ぶ声が聞こえ、そちらへと向かう。
 西久保と共に署に泊まった佐木は少し疲れが見える。
「お、今日は良い顔だな。なんだ、してもらったのか?」
 ニヤニヤと口元を手で押さえる。
「はい。口で」
 素直に口にしてしまい、佐木はマジかと食らいついてくる。
「どんな子なんだ、その相手って。前に話していた店の人だろ?」
「はい。とても優しくて、癒されます」
 癒し系かと、羨ましそうに言われる。
「ですが、友人相手に性欲処理までしてくれるものなんでしょうか」
 友達という言葉に、嘘だろうと呟き、
「お前はさ、その時どう思ったんだよ」
 と逆に聞かれる。
「それ以上のことを望みそうになりました」
 沖の肌を見た時に、感じたことを素直に口にする。
「それは欲に煽られてか?」
「それもありますが、もっと相手の色っぽい姿を見たいと思いました」
 あそこで理性が働かなければ、きっと彼を抱いていただろう。
「どうしてそう思ったんだろうな」
「え?」
 沖のことをどう思っているのだろうか、自分は。
「相手の気持ちを知りたければ、自分の気持ちを伝えるんだな」
「俺の、気持ちを……」
 友達として好きなだけならば、してほしいと望んだだろうか。
 いや、無理だろう。それが答えではないだろうか。
「そうだ。答えが出ているのなら、男のお前がびしっと彼女に伝えろや」
「はい。あ、ちなみに相手も男です」
「はぁ!?」
 相当驚いたようで、口をあんぐりと開く佐木に、郷田は笑みを浮かべた。

 それから数日後。事件は無事解決し、郷田は沖宛にメールで会いたいという旨を告げた。