Short Story

夜空に願う

 遠い昔、魔法のランプに宿る精霊が争い、この国は干上がり砂漠の国になってしまった。
 朝と夜は冷え込み、日中は猛暑が厳しいこの砂漠を、徒歩や馬で移動しようなんて事は出来ない。
 そこで考え出されたのは、ランプの精霊が人に与えた魔力の利用法だ。
 ただし、それはモノに魔力を注がぬ限り使う事は出来ない。しかも魔力が強くなる程に手先が不器用で、魔力が全くない者は何かしらの才を持って生まれる。
 魔力がある者ばかりが得をしないようにと、ランプの精霊は人々が平等に生きられるようにとそうしたのではないだろうかという説があるが、それが真実なのだろうかは誰も知ることはできない。
 砂漠を越える移動手段として、ホウキと空飛ぶ絨毯がある。
 ごく普通のホウキならば一人から二人乗ることが出来て安価で手に入る。だが、絨毯は安いモノでもホウキの五倍はする。
 それが手の込んだ織物にでもなると十倍から二十倍、有名な織職人ともなると言い値で取引されるのだ。

 アメルには憧れの織職人がいる。
 その織職人の絨毯はとても美しく、窓から中を覗いては飾られている絨毯を眺めてため息をつく。
 人を乗せ意のままに操るという魔法を組み込むには多くの魔力が必要で、良い作品ほど癖がありそれを見極める目が必要となる。
 魔力が少ない者がそれをしようものならば時間がかかるし、魔力切れで数日使い物にならなくなる。しかも相性もあるので下手をすれば命に係わる事となる。
 悲しい事にアメルの魔力は人並みであった。
 それならば、せめて作品がある場所の近くで働けたらと、絨毯工房の隣にあるランプ工房で店主に働かせて欲しいと頼み込み、雇ってもらえる事となった。
 今は窓越でしか作品を見る事は出来ないが、いつか近くで見て触れる事が出来たならとつい夢を見てしまう。
 そしてアメルの足はいつもの場所へと向かってしまうのだ。
 星の丘は、夜空の星が美しく見える場所で、ここで願うと叶うとされている。
 アメルは何度もここに来ては夜空に願ったものだ。
 もしかしたら願いが叶うかもしれない。そう思うと居てもたってもいられなくてここまで来たのだ。
「どうか、俺にチャンスを下さい」
 手を組んで夜空を見上げる。
 その時、星がひとつ流れた。
 珍しいものを見ることが出来て、なんだか願いが叶うのではと思ってしまう。
「ま、そんな都合よくはいかないか」
 だが、もしも、願いが叶ったとしたら……。

 ある日、チャンスはいきなり訪れた。
 いつものようにランプへ魔力を組み込んでいると、隣の絨毯工房から店主が慌てた様子でランプ工房へと入ってくる。
 実は彼らは兄弟で、互いに工房に出入りをしている。
「なぁ、誰でも良いからラムジの織った絨毯に魔力を組み込んでは貰えないだろうか」
 その手に握りしめた美しい織の絨毯に魔力持ちがざわつく。近くで見たいと思っていた織職人の作品であった。
 そこで初めて織職人の名を知った。しかも、名前からして男性だろう。
 胸に手を当て、心の中でラムジの名を何度もつぶやく。
「ここに居るのは魔力が並みかそれ以下の者しかいない。絨毯は無理だよ」
 とランプの店主。それは十分理解しているだろうに。アメルはその理由で働けなかったのだから。
「一週間以内にラムジの絨毯を飛べるようにしないとまずいんだよぉ」
 真っ青な絨毯の店主に、どうしたんだと尋ねる。
「実は王宮にあるラムジの作品を大層気に入ったそうで、空飛ぶ絨毯を贈りたいとお達しでな」
「はぁ? ラムジの作品は誰の魔力も受け付けないって有名だろうが」
 ラムジとは有名な織職人だ。繊細で美しい絨毯を織り、出来上がりに時が掛かるので誰の注文も受けない。
 彼の素晴らしい作品を見せびらかすために魔法の絨毯を作ってほしいと願った金持ちがいたのだが、誰も魔力を組み込むことが出来ずにいた。なんとも魔力持ち泣かせである。
「そうなんだけどさ、うちか兄貴のトコで上手くいかなかったら、他の工房に頼むようにと言われてな」
「なんだよ、それ。ラムジと契約しているのはお前の所の工房だろうが。はぁ、魔力が並み以下の者には参加させられねぇぞ。命に係わる。並みの者ならぎりぎり大丈夫か。あぁ、でもこいつ等を危険な目に合わせたくない」
「なら、やってくれる奴だけでいい。頼む、協力してくれ」
 ここで上手くいかなければ他の絨毯工房に話がいくだけだ。ラムジの作品を売る権利も他の工房にとられてしまうだろう。
 そうなると彼の作品を窓越しにも見る事が出来なくなる。アメルは唯一の楽しみがなくなるのは嫌だ。
「わかった。やってくれるというやつはいるか?」
「はい」
 アメルを含めて三人ほど手を挙げた。
「よし。魔力が多い順にしよう」
 ということになり、アメルは二番目となった。いつかと願っていた事が、こんなはやく叶うなんて。嬉しすぎてどうにかなりそうだ。
 家へと帰る時、星空を見上げて礼をする。
 だが、まだチャンスを貰っただけにすぎない。一人目で上手く行くかもしれないし、自分の番に回ってきたとしてもうまくいかなければ、もう彼の作品へ触れる事すらできないないだろう。

 一人目は上手くいかず、アメルの番となった。精神を集中させる為に一人になる訳だが、暫くの間は絨毯の素晴らしさを堪能することにした。
 滅多に触れる事などできないし、こんな近くで触る事すらできないのだから、又にない機会だ。
「はぁ、君は本当に美しいね。ここの模様、すごく細かいし綺麗。あ、この模様、良い」
 頻りに褒めてゆっくりと撫でる。肌さわりも良く、ずっと触っていたくなる。
「さて、魔力を組ませてね。ん、これは嫌なの? じゃぁ、これでどうかな」
 命令文を頭の中で書き換えて注いでいく。それでも嫌だと押し流されて、今度はこれでどうかと話しかける。
「あぁ、これが良いんだね。うん、じゃぁ、これでいこうか。受け入れてくれてありがとう」
 成功したことに、店主は喜んでくれた。だけどそれから三日間、使い物にならなかった。
 やっと魔力が回復してランプ工房に顔をだしたアメルに、店主は一つ提案をしてきた。
「これからは君がラムジ専用だ」
 と。
 このままランプ工房で働くことは変わらないが、ラムジの作品のみアメルが担当するのだ。
「ありがとうございます」
 嬉しくてアメルは夜空を仰いだ。

◇…◆…◇

 ラムジの絨毯に魔力を組み込む前には星の丘で願う。今ではそれがアメルのゲン担ぎとなっていた。
 彼が魂を込めて織あげた絨毯に命を吹き込む大切な役目を無事に終えられますように、と願いを込める。
 十分に夜空に願い、仕事場へと戻る途中で男とぶつかる。
「おい、前を見て歩け」
 背が高くて切れ長の目をした男前だった。
 折角、今から楽しい時間に水をさされた気分だ。
 無視してやり過ごそうとすれば、しつこく絡んでくる。
 酒臭く。しこたま飲んで酔っているのだなと、関わりあいたくないと思うのに、彼はアメルの胸倉をつかみそして倒れた。
 放っておこうと思ったのに、服を掴んで離してくれない。仕方がなくそのまま連れて行く羽目となってしまった。
 服を脱いで店のソファーへと転がしておく。元々、彼の作品に魔力を込める時は、夜空をイメージした青色の衣に着替えて星の形をした耳飾りをする。
 耳飾りは魔力をため込むことができ、途中で魔力切れを起こさぬようにと、自分の魔力をためておいた。
 アメルには天窓のついた部屋を与えられた。専用の部屋を用意してくれたのは、そのまま休めるようにと絨毯工房の店主の計らいだ。
 絨毯を魔方陣の上へと敷き、魔力を込めていく。
 彼の作品は作品によって癖が違っていて魔力を込めるのも一苦労だが、上手くいった時の達成感は半端がない。
 それに彼の絨毯に魔力を組めるのはアメルだけで、まるで独占しているかのような気分になり幸せを感じる。
「君はどこから見ても美しいね」
 話しかけながら慎重に魔力を注いでいく。少しずつ空へと浮き上がり、そして暴れはじめる。
 今回の子はじゃじゃ馬だなと思いながら、それを落ち着かせる為にまた魔力を組み、徐々に落ち着きを取り戻していく。
「良い子だ、そう、このまま……」
 そして絨毯はゆっくりと下降し、乗りやすい高さで止まった。
「ふぅ。浮かび上がれ」
 命令を与えればその通りの動きをし始める。上手くいった。美しい絨毯を眺めながらホッと息を吐く。
「受け入れてくれてありがとう」
 そう絨毯を話しかけて撫でる。
 消耗した魔力と体力が、アメルを立っていられなくする。
 足元がくずれて倒れそうになった所に、後ろから抱きしめられた。
 お酒の匂いがして振り向けば、
「俺の作った絨毯は最高だろう、アメル」
 目を細めて男前が笑っていた。
「……なんだって?」
 まさか、彼がラムジなのか。
「ずっと会いたかった」
 と、唇が触れ、それに驚いたアメルはそのまま気を失った。

 魔力と気力が切れて、体力も限界。なのに、男前に爽やかな笑顔で起こされた。
「俺は魔力を込めてへとへとなんだよ」
 目覚めにこれは目の毒だ。絨毯同様、アメルの好みであった。
「ほら、お前の魔力の源」
 と酒の瓶を目の前にちらつかせる。アメルは三度の飯より酒が好きだ。それは工房で働く者なら知っているので誰かから聞いたのだろう。
「……起きる」
 まだ魔力は回復せず、ふらふらだけれども、何も食べないよりは食べて寝た方が回復するので、目を擦りながら台所へ向かう。
「あの日、ぶつかってきたのはワザとか?」
 今思えば、店主も得体も知れぬ者をすんなりと工房に入れるか、おかしいと疑うべきだった。
 アメルはラムジの絨毯に魔力を組み込むことに頭がいっていたので、店主が何か言っても耳に入っていなかっただろうし。
「あ……、あれはマジで酔っていた。お前がさ、作品ばかりで俺の事を気にしないからむしゃくしゃして酒を飲み過ぎた」
 なんだその理由は。
「俺、たまにお前の事を見に行っていたんだぜ。会いたいって言ってくれねぇし」
「え、声を掛けてくれたよかったのに」
「ヤダよ。お前が俺自信に興味を持ってくれなけりゃ意味がない」
 不貞腐れながらそんな可愛い事を言われて胸が高鳴るのは、アメルがラムジ自身に惹かれつつあるという事なのだろうか。
「俺の作品に魔力を組み込むときのアンタってさ、愛おしいって気持ちがすげぇんだわ。たまんねぇよ」
 はじめは自分の作品をそこまで惚れこんでくれているんだなと思うくらいで、何度か見ているうちにそれが自分に向いていない事にムカつき、自分の作品に嫉妬していたのだとか。
「で、俺が倒れる前に、キスをしたって訳?」
「そう。俺の事も気にして欲しい」
 いちいち可愛い事を言ってくれる。
「好きだ。これから先、ずっと俺だけのものになってくれ」
 ずっと想っていた人物にそんな事を言われて断れるはずがない。
「……しょうがないな。良いよ」
「よしっ。願いがかなった」
 ラムジも星の丘で夜空に願っていたそうで、
「なぁ、今夜いっしょに星の丘に行かねぇ?」
 手を組んで祈るポーズをする。
「あぁ、良いよ。一緒にお礼を言おうか」
 その手に自分の手を重ねて微笑めば、その唇にラムジの唇が重なった。