Short Story

愛をください

 伊藤神楽(いとうかぐら)を、女神と呼ぶものがいる。
 背は170センチ。艶のある真っ直ぐでサラサラな黒髪、中性的で綺麗な顔をしている。しかも名に神という文字があるのもそう呼ばれる切っ掛けとなった。
 物腰が柔らかく人辺りも良い性格だと思われているが、誰にでも隔てなく良い顔をしていただけだ。
 心が満たされない。そんな時は思いは快楽を味わい気持ちを誤魔化す。だが、今は感覚に慣れて麻痺してしまっている。
 もっと強い刺激をが欲しい。
 生徒会室で、甘くねだる声が聞こえる。
「もっと、俺を傷つけてっ」
 ボタンを外され、途中まで脱がされたシャツの一部が鮮血で染まる。
 白い肌に食い込む爪。
 それがゆっくりと彼の肉を裂くように下へと向かう。
 その度に、血が流れ蚯蚓腫れになる。
 神楽の身体には無数に、そんな傷ばかりがあった。
「こんなに淫らな神楽の姿を見たら、君を慕う子達は目を回してしまうよ」
 爪で傷つけた箇所に舌を這わせ、執拗なく舐めまわすと神楽の身体がびくりと反応する。
「俺は、欲が満たせればそれでいい」
 この行為に愛など存在しない。
「そうだったな」
 そう、男は言った後、剥がれかけの瘡蓋(かさぶた)へと爪を立てる。
 その痛さに、声を荒げそうになる神楽の口に、丸めたタオルが突っ込まれる。
「うぐっ」
 その苦しさに嘔吐く。目には涙が溜まり、それを舌が拭う。
「本当に、エロいよね。女神サマは」
 眼鏡を中指で押し上げ、口元をゆかめて笑う。
「う、うう」
「もっとして欲しいって?」
 制服のポケットの中から裁縫道具がある。それは神楽のために所持しているもので、針をとりだして乳首へと突き刺した。
「ひぐっ」
 その痛さに陸に上がった魚のように身体が飛び跳ねる。それを見た彼はクツクツと笑いだす。
「いいねぇ、その反応」
 そこは敏感なところだ。針を刺す痛みと、男の指が摘まむ刺激に、身体の芯がしびれて快感に溺れた。

 神楽の周りには人が集まる。一年の時からその状態であった。学校では休まる場所など無いに等しく、寮でも隙あれば仲良くしようと必ず傍に誰かいる。神楽の心と身体が休まる場所は寮の部屋の中だけだった。
 だが、それも神楽が一年の時に同室であった綾瀬陵(あやせりょう)が作ってくれたルールがあるおかげでもある。
 それまでは、部屋まで遠慮なく押しかけてくる者がいて、そのたびに同室の先輩が守ってくれた。迷惑をかけてしまうことを申し訳なくて、寮を出る事を考えていた。だが、お前は悪くないのだから気にするなと言ってくれた。
 陵はまるでナイトのように自分を守り、そして優しくしてくれた。
 その関係を壊してしまったのは神楽だった。陵に恋をしてしまったからだ。
 抑えきれぬ想いが神楽を蝕み、先輩をベッドに押し倒して無理やりキスを奪ってしまったのだ。
 その時は自分の想いを押し付けるばかりで、陵に突き飛ばされて我に返った。
 親切にしてくれた相手に、とんでもないことをしてしまった。
 すぐに謝ったが、その日から二人の間には見えない壁ができてしまった。
 互いに名前で呼び合っていたのに、伊藤と呼ばれるようになり、神楽も陵ではなく綾瀬と呼ぶようになった。
 部屋にいるときは机に向かっているか、ベッドに座りスマートフォンを弄っているか、会話をすることを拒否されていると感じた。
 自分の浅はかな行為に落ち込んだ。だが、あふれでてしまった欲は止まることなく流れ落ちていく。
 誰にも気がつかれぬように、人気のないトイレ、もしくは生徒会メンバーに選ばれたことをよいことに、生徒会室の戸締りをかってでて一人になると欲を発散させていた。
 だが、その日はうかつにもドアのカギを閉め忘れてしまい、忘れ物をとりに戻ってきた先輩である春日部(かすかべ)に見られてしまったのだ。
 ドアが開いた瞬間、全てが終わったと思った。
 ズボンは穿いていないし太腿が白濁で濡れている。何をしていたかなんてすぐにわかってしまう。
 しかも春日部は真面目な人だ。軽蔑されて生徒会を辞めさせられるだろう。
 そう思っていたのに、彼の口からでたものは、
「男の子だものね、発散したくなるよな」
 という言葉だった。
「え、先輩」
 予想外の言葉に躊躇う神楽に、春日部の指が太腿の白濁をすくう。
 まさかそんなものに触れるなんて。
「もっと、気持ち良くしてあげようか?」
 と耳元で囁かれ、弾かれたように彼の方へと顔を向けた。
「……本当に?」
 何度しても収まらぬ欲を、春日部がどうにかしてくれるというのか。
「あぁ、もちろん」
 それはとても甘い誘惑であった。

 その日から春日部に抱かれるようになった。二人とも寮生ということもあり、大抵は春日部の部屋で行為におよぶ。
 一・二年は同室だが、三年は個室だからだ。しかも防音設備も万全で、受験勉強に支障が無いようにという学園側の配慮なのだが、女性厳禁のこの場所で性欲を満たすため、同性の恋人や遊びの相手をつれこむ生徒もいる。
 生徒会という接点もあり、部屋を尋ねるのには都合がよく、ただ、そこで他の生徒と同じことをしているだけだ。
 だが、それも回を重ねるごとにただの性行為では足りなくなってしまい、痛みを求めるようになってしまったわけだ。
 力が抜けてしまった身体を、春日部は優しく抱きしめてくれる。そして、傷つけた後は必ず治療をしてくれた。
「春日部先輩、もういいですよ」
「わかった」
 救急箱を元の場所へと戻し、身なりを整えると神楽の側に座った。
 二人の関係は生徒会のメンバーということだけ。けして恋人同士ではない。
 実は春日部も辛い恋をしていて、やり場のない想いを互いにぶつけているだけだった。
「手当て、有難う御座いました」
「俺がつけた傷だ」
「望んでしてもらっているのですから」
 そう微笑むと、春日部の手が神楽の頬を撫でた。その顔は辛そうで、いつもそんな顔を見せる。
「俺もお前もダメだな」
 春日部は床に脱ぎ落した服を拾い着せてくれる。しかも、できるだけ傷口に当たらないように丁寧にだ。
「そうですね」
 こんなことをし続けていていいわけがないと解っている。だが、お互いに必要としていた。
 身体の傷をみるたびに行為を思い出し吐き気がする。春日部も、思い出すと腕が震えることがあると言っていた。
 そんな思いをしながらもやめられないのは、自分の気持ちが弱いせいだ。
「じゃあ。また」
 まるで何事も無かったかのように春日部は生徒会室から出て行った。
 一人残った神楽は、ぎゅっと自分の身体を抱きしめ、そのまま机へと顔を伏せた。