甘える君は可愛い

年下ワンコはご主人様が好き

 今日に限ってワイシャツのボタンを一番上まで留めている事にツッコミをいれたそうな八潮を、ミーティングルームへと連れ込んで三木本との事を聞く。
「昨日はごめんね。おかげさまで恋人同士になりました」
「二人がそうなったと聞いてホッとしました。あの時、怖い顔をしていたので」
「あぁ、ちょっとね。まぁ、でも結果は良い方向にいったわけだし。で、君達の方は? 何かあったんでしょ」
 自分のシャツを指でトンと叩き、意味ありげに口角を上げる八潮に、
「首の付け根にキスマークをつけたら怒られちゃいました」
 久世がポロリと口にしてしまう。
「このバカ犬が!」
 その口を指で掴んで引っ張れば、
「こらこら」
 やめなさいと八潮に手を掴まれて引き離され、お前のせいだと久世を睨む。
「八潮課長は俺が波多さんのを舐めたのも知ってますし、話しても大丈夫ですよ」
 良い笑顔を浮かべ、とんでもない事を口にする。
「なっ、なんだって!!」
「あ……、うん、まぁ、三木本君と一緒に色々聞いてます」
 流石にそれは言わなくてもと久世を見た後、気まずそうな表情を浮かべて波多を見る。
 すでに八潮と三木本に久世との事を知られているとは。最悪だとがっくりと肩を落としたところに、八潮の手がぽんとふれる。
「煙草でも吸いにいこうか」
「……はい」
「ワンコちゃんは自分のデスクにお座りして待っていてね」
「うう、わかりました」
 一緒に行きたそうだが、ついて来てはめっ、だよ、と八潮について来ては駄目だと念を押されて自分のデスクへと戻った。
 喫煙室へと向かい、煙草を取り出して吸い始める。
「実はね、お昼休みに波多君が居ない日あったじゃない。その時に聞いたんだよね」
「そんな前からですか」
「うん。久世君は君が好きすぎるよね。嬉しくて隠しておけないって感じかな」
「八潮課長」
「好きなんでしょ、久世君の事。舐めさせるのを許してしまうくらいなんだから」
 今まではそうさせなかったんでしょう? と煙草の煙をゆっくりと吐きだす。
「波多君、素直におなりなさいな」
「……俺は」
「僕は、それで幸せを手に入れたよ?」
 そう、ふわりと八潮が笑う。その笑顔はとても幸せそうで、胸の奥をきゅっとさせる。
「さて、と。先に戻るね」
 灰皿に煙草を揉み消して中へと戻っていく。
 一人、喫煙室で紫煙を揺らしながら、ぼんやりと空を見上げる。
『だって、心から想う相手と恋愛をするのって、すごく幸せで楽しいものだから』
 意地っ張りな自分を変えないとね、と、前に江藤に言われたことを思いだす。
 素直に気持ちを認めたら、きっと、江藤や八潮のように幸せそうな笑顔を浮かべることが出来るかもしれない。

 席へと戻ると久世がおかえりなさいと両手を広げる。
 そんな彼をじっと見つめていれば、どうしたんですかと顔を覗き込んでくる。
 その姿がやたら可愛く見えて、目をパチパチとし擦る。
「目にゴミでも入ったんですか?」
 擦っちゃ駄目ですよと、手を握りしめられる。
「大丈夫だ」
 目がおかしいのではない。自分がおかしいだけだ。
「なら良いですけど」
 心配そうに波多を見る久世に、胸が激しく高鳴ってシャツをぎゅっと握りしめる。
「……いや、大丈夫じゃないかもしれない」
「えぇっ、病院行きましょう! 俺、八潮課長に話してきます」
 席を立ち、八潮の元へと行きそうになる久世に、我に返った波多はいいからと、腕を掴んで止めた。
「病気とか、そういうのじゃねぇから。それよりも、お前に話があるから仕事が終わったら家で話そう」
「話、ですか」
 今じゃ駄目なのかと聞かれて、駄目だと即返す。
「時間内に仕事を終えて、ゆっくり話そう」
 二人きりの方がお前もイイだろう、と、本当は波多の都合でそうしたいだけだった。
「はい!」
 そんな思惑など知る事なく、久世は素直に喜んでいる。
 話すと決めたのだ。
 だから何もトラブルが起きぬ事を願うだけ。
 この機会を逃したら、意地っ張りな自分がまた口を閉ざしてしまうだろうから。

※※※

 まずは食事を済ませようと、夕食を一緒に作って食べた。
 その後、リビングに移動し、他愛もない話をする。
 波多から「話がある」と言われ、いつ、その話になるのかと気になって久世はずっとこちらの様子を窺っており、それでも話し始めない波多にとうとう痺れを切らしたようだ。
「あの……、波多さん、お話があるんですよね?」
「そうだな。その前に、お茶を入れてくるから、待ってろや」
 とキッチンへ向かい、戸棚に用意しておいた湯呑を取り出す。
 波多好みの少し渋めの緑茶を入れてお盆にのせて運ぶ。
「待たせた」
「あっ!」
 二人の湯呑を見て久世がほっこりと笑う。
 久世が引っ越しをする時に渡された夫婦湯呑。
『いつかこれを俺と波多さんとで使う事が出来たら嬉しいです』
 と、恋人になれたら嬉しいですと、そういう気持ちのこもった品で、貰った時はあざとい奴だと思いながら棚にしまっておいたものだ。
「使ってくれたんですね」
「あぁ。大輝、湯呑だけじゃなくて、茶碗と箸も買ってくれるか?」
「茶碗と箸ですか?」
「そうだ」
 湯呑を指させば、その意味に気が付いた久世がアッと目を見開いた。
「はい、勿論です。一緒に選びに行きましょう」
 ソファーから立ち、波多の隣に座ると強く抱きしめられる。
 頬を摺り寄せて頭を撫でる。
「……好きだ」
 そう告げると、久世は嬉しそうに肩に額をぐりぐりとさせた。
「波多さん、俺、嬉しいです。愛してます」
「はは、本当、お前は俺が好きな」
 久世の頭を撫でれば、良い笑顔ではいと返事をする。
「それに、告白した時には既に俺の事が好きでしたよね?」
「いや、それ以前からだ。お前の指導をしていた時から好きだった。でも、お前が彼女の所になんて連れて行くものだから素直に認められなかったんだ」
「俺の事、そんな前から好きでいてくれたなんて」
「そうだよっ、悪いか!」
「いいえ。嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうです」
 とぎゅうぎゅうと抱きしめられて、鬱陶しいと突放す。
「恋人同士になったんですから、良いじゃないですか」
 再び抱きつかれそうになり、これとそれとは別だと言って拒否する。
「うう。じゃぁ、名前で呼ぶのはイイですよね?」
 そう言われて、名前くらいは別にかまわないのでOKを出す。
「やったっ! 翔真さん」
 うふうふ、と、気持ち悪い笑い方をしながら名前を呼ばれて、波多は照れるよりも引いてしまった。
「お前、最高にキモイ」
「だって、恋人として名前で呼び合えるんですよ! こんなに嬉しい事はないじゃないですか」
 だとしても、だ。
「……はやまったか」
「えぇっ、そんな」
 頬を叩いてシャンとした表情を作る久世。そうしていれば男前なのだ。
「嘘だよ」
 と、ほんのりと赤く染まる頬をさすってやれば、良かったと安堵のため息をつく。
 そして、
「翔真さん、今日は舐める以外の事もして良いですか?」
 手を掴まれて。キスをしそうな勢いで顔を近づけてくるが、顔を反らしてそれを拒否る。
「まだ駄目」
「えぇ、何で、ですか!」
 まだ待てをしないといけませんかと嘆く久世に、
「今度の料理教室で、一人でカレーを作れ」
 と条件を付ける。
「カレー、ですか」
「あぁ。ごく普通の家庭的なカレーで良い。できるか?」
「できたら、翔真さんの全部をくれますか?」
「あぁ」
「作ります!」
「よし」
 どんなにまずいモノを作っても、波多は久世に全てをくれてやる気でいる。
 次、集まるのは一週間後の予定となっていた。
 それまで後を指で慣らしておきたい。いざという時に入れることが出来なかったら嫌だからだ。
 素直に久世に言えばいいだけなのだが、俺がやると言われかねないので黙って準備をするつもりだ。