Short Story

無口な彼は甘いものが好き

 林賢介(はやしけんすけ)は大柄で、いつも背中を丸めてパソコンの前に座っている。
 しかも無口で、あまり表情があまり変わらないのだが甘い物を食べている時とイラついている時だけは良くわかる。
 ブラックの缶コーヒーを飲んでいる時はイラついている時。甘い物を食べると、少しだけ口元が綻ぶのだ。
 その変化を見極めて話しかけるのは、同じ部署の後輩である清宮利成(きよみやとしなり)だ。
 大抵の人は彼に林の様子を尋ね、もしも機嫌が悪い時は伝言を頼んでいく。それは清宮に対してはイラついても睨む事がないためだ。
 清宮が甥っ子の為に焼いたクッキーの残りをおやつにどうぞと渡してから、林はそういう態度をとるようになった。
 見た目に反して甘党である彼は余程、菓子が気に入ったようで、
「また菓子を作ったらくれ」
 と頼まれ、手作りの菓子を作った時には林の分も用意するようになった。その方が仕事が断然やりやすいからだ。

 清宮は入社して三年めになる。
 仕事は順調だがプライベートの方では失恋をしたばかりだ。
 相手は男性。清宮はゲイではなくバイで、抱き合うなら男性が良いのでセフレの関係をもったのだが、その人に本気になってしまった。
 メールでセフレの関係を終わりにしようと告げられたのだが、会って話がしたいと何度もメールを送ったのだが、彼からの返信はなく、このまま会えずに終わるのかと思っていた。
 だが、つい最近、彼から連絡があり会って告白をすることが出来たのだ。
 彼には長年想う人がおり、その想いが通じて付き合う事になった。ふられてしまったけれど幸せそうな顔を見ていたら、心からうまくいってよかったと思う。
 だからか、余計に独り身であることが寂しくなってしまった。彼の様に幸せな顔を浮かべ、恋人と肩を並べあいたい。
「はぁ、恋愛したい……」
 ぼそっと口にした言葉に、いち早く反応したのは一つ上の先輩で、
「よし、合コンすんべ」
 と肩を組む。
「いいですね。つてがあるんですか?」
「俺の可愛い彼女に頼んであげるよ」
 楽しい事が好きなので、よく合コンを開いてくれる。
 今まで何度か誘われたのだが、その気にならず断ってきた。
 そんな清宮が珍しく乗気だと先輩に言われる。
「じゃぁ、早速連絡するわ」
 すぐに合コンのメンバーは集まり、仕事が終わった後に待ち合わせの場所へ向かうはずだったのだが、
「林さんと約束あるんだってな」
 といわれて、目を瞬かせる。
「え、約束って?」
 林との約束なんて身に覚えにない。
「お前ねぇ。いくら彼女が欲しいからって林さんの約束をすっぽかしちゃ駄目だろ。皆には上手く言っておくから、林さんにきちんと謝っとけ」
 そう肩に手を置き、また今度と先輩は行ってしまう。
 約束の事は本当に知らない。
 林は何処だとあたりを見わたせば、背中を丸めながら喫煙室で煙草を吸っていた。
「林さん、約束ってどういう……」
「付き合え、清宮」
 煙草を揉み消して鞄を取りにデスクへと向かう。何も話してはくれず、仕方なく清宮はその後ろをついていく。
 会社を出て、向かった先は小料理屋だった。
 一緒に飲もうという訳だろうか。
 暖簾をくぐり中へと入ると和服の良く似合う柔らかな笑顔の女性が、
「いらっしゃい。あら、賢ちゃん」
 そう親しげに声を掛けてきて、その様子から恋人かなと林を見れば、
「実家だ」
 とボソッと言い奥へと向かう。
 今まで仕事の後に誘われたことなど一度もない。なのに実家に連れてこられるなんて。
「ふふ、賢ちゃんのお姉ちゃんの沙世(さよ)です」
 あまり顔は似ていない姉弟だが、ほわほわと笑う姿は、林が甘いものを食べている時の雰囲気と似ているかもしれない。
「清宮です。弟さんにはいつもお世話になっております」
「賢ちゃんが高校生の時にね、両親がなくなって。このお店は私とダンナがお店を継いだの」
「清宮、こい。姉ちゃん、台所借りる」
「え、賢ちゃん!?」
 慌てる沙世を無視して林は間宮の腕を掴んで引っ張る。
 そこには二人の小さな子が座ってテレビを見ていた。
「結衣と湊」
 結衣(ゆい)は小学四年生の姉で、湊(みなと)は小学一年生の弟だ。
 人懐っこい笑顔を向けてそう教えてくれた。
「こんにちは。俺は清宮利成って言います。名前で呼んでね」
「うん。利成クン」
 小さな子に「君」つけで呼ばれて、キュンときた。
「可愛い!!」
「こいつらにプリンを作ってやってくれ」
 と結衣と湊の頭を撫でる。
 その手つきが優しく、愛おしいという気持ちが伝わってくる。
「二人分ですね」
 とわざと言えば、林に軽く睨まれた。
「俺の分も頼む。結衣、手伝ってやれ」
 そういうと林は湊を連れて台所を離れる。
「あれ、林さんは手伝ってくれないんですか?」
「俺は料理を作るは禁止されているからな」
 と肩をすくめ、子供たちがその通りだと頷く。
 一体、何をしでかしたのだろうか興味がわき、こっそりと結衣に尋ねた。
「あのね、賢介クンってお料理が下手くそなの。お母さんがお腹をこわしちゃって大変だったんだよ」
 成程、破壊的な何かを作ったようだ。
「俺の話しはしなくていい」
 とバツの悪そうな顔をする。清宮はニィと口角を上げ、面白がるように話を振る。
「ふぅん。ねぇ、もっと話し聞かせてよ」
「いいよ!」
 笑顔で話しを聞かせてくれようとするが、
「こら、結衣!」
 林が捕まえようとし、結衣がはしゃぎながら逃げる。それを追いかけて大きな手が彼女を掴んで抱き上げた。
 楽しそうな二人に笑みがこぼれる。湊もだっこと言いだして替わって遊んでもらっている。
「さて、結衣ちゃんは俺と一緒にプリン作りね」
「うん」
 彼女専用の可愛いピンクのエプロンと三角巾を身に着けて手伝いを始める。
 普段からよく手伝いをしているのだろう。手際が良いなと感心する。
「美味しく焼けると良いね」
「大丈夫だよ。結衣ちゃん、上手に出来てたから」
「本当! ありがとう利成クン」
 後片付けをし、後は焼き上がるのを待つのみだ。
「じゃぁ、焼き上がるまで居間で待っていようか」
「うん。利成クン、宿題見て欲しいな」
「良いよ」
 結衣を連れて居間へ戻ると、林の膝の上に乗った湊がアニメを見ている。
「湊、宿題やるよ」
 とお姉ちゃんらしく湊を連れて隣の部屋へ向かう。
「しっかりしてますね、結衣ちゃん」
「あぁ。母親が仕事してるから、湊の面倒は自分が見るってな」
「料理の手際も良かったです」
「だろう」
 姪と甥が可愛いのだろう。口元が微かに綻んでいた。
 滅多に見ない表情故に驚く。
「なんだ、間抜けな顔」
「へ?」
「利成クン、持ってきた」
「あ、うん。じゃぁ、やろうか」
 プリンが焼き上がるまで結衣と湊の宿題を見つつ、レンジの音が鳴ると三人で焼き上がりを見に行く。
「わぁ、良いにおい」
「後はこれを冷蔵庫に冷やして。食べるのは明日ね」
「うん」
「おい、清宮。から揚げ貰ったから飲まないか?」
「良いですね」
 ビールを冷蔵庫から取り出し、割り箸を持って居間へと戻る。
 揚げたてのからあげからは良いにおいがしてきて、一口食べればじゅわっと肉汁が溢れて、生姜とニンニクが効いた特製たれの味はとても美味しく、カリッとした触感もたまらない。
「うはぁ、美味しい」
「だろう?」
「俺、ここに連れて来てもらえて嬉しいです」
 強引に連れてこられた時は驚いたけれどすごく楽しい。
 林と酒が飲めるのも、美味しいつまみが食べられるのもだ。
「こいつらに、お前の作った菓子を食わせたかっただけだ」
「そうですか」
 照れくさそうに見えるのは、少しでも自分と仲良したいと思ってくれたからではないのだろうか。
 そうだとしたら、嬉しいと思うくらい清宮も林と仲良くなりたいのかもしれない。