自分にできること
森は置くに行けば行くほど危険が増すのだと育ての親である爺さんに言われていた。そして質の良い薬草があることもだ。 獣が嫌がるお香を教えてくれたのはそのためだし、ロシェが剣術の稽古をしているのもいざという時のためだ。
だからクリフが一緒に行くと言い出した時はどうしたものかと思った。
体は大きくとも気が弱い。そんな彼に何かあったら彼の親にいいように使われることになりそうだ。
「クリフ、きっと君の親は許さないよ」
そもそも危険な場所に行かせようとはしないだろうし、家の手伝いがあるだろうに。
「うん、そうだね」
親の言いなりだからそれで諦めてくれたようだ。
背中を丸めて帰っていくクリフにロシェが悪態をつく。
「あんなんでついていこうと思ったよな」
森に入って獣が出た時に騒がれて危険な目に合う、そうなったらどうするのだとロシェが言う。
「今日は危険なところへ行くからね。何かあったら大変だし」
「アイツの親が黙ってねぇよ。あー、マジで嫌い」
クリフの両親はちゃっかりしているし他人の悪口を平気で言う。ロシェも家のことで嫌な目にあったこともあり相当嫌っていた。
「さて、森の中へ行こうか」
「そうだな」
いつもと変わらぬ服装だが実はファブリスから貰った皮の鎧がある。ドニでも使えるようにと軽めのものを用意してくれたのだ。誰かに見つからぬように森の中に隠してあった。
まずは隠し場所へ向かい、身に着けてから目的地へ向かう。
いつも薬草を採る場所よりも先に行く。普段より緊張して喉が渇いてしまう。
「やっぱり奥に行くのは怖いね」
「いつもはファブリスがいるからな」
そうなのだ。剣術の腕も見ているからファブリスが相当の手誰だと知っている。だから安心して森を行き来できたのだ。
いつもの場所より更に奥。ピリピリといやな緊張感を感じる。
「雰囲気が変わるな」
「うん。ロシェ、口と鼻をこれで覆って。今日は倍の量を焚くから」
「あぁ」
流石に人でも鼻を刺激されるので覆う布を巻きつけなければいけない。
小さな網籠に炊いた草を入れて棒の先の輪に引っ掛ける。それをドニが持つ。
「で、目的の物は?」
「あの木の実の種が必要なんだ。背負ってきた籠いっぱいにね」
手のひら程の大きさの木の実で、殻は硬くそれを割り種と実と分ける。
実はホクホクとしており、蒸して食べたりお菓子にする。
種はすりつぶしてオイルをとる。荒れた肌に塗ったり、ヘアケアに使ったりするものだ。
「これの方が上質なオイルがとれるんだ」
「よりによってベアグロウムの好物を……」
どれだけ危険なことをしようとしているか。ロシェがしつこく口にするのはドニに危険がおよばないようにと思っているからだ。
「さっさと集めて逃げるから、ね?」
「絶対にだぞ」
ロシェが木に登り実を落としていき、それをドニが拾い、籠の中へと入れていく。
そうこうしているうちに籠の中がいっぱいになり、木から離れようとした、その時。
低い唸り声が聞こえ、がザッと草が揺れる。
白い耳が見える。雄のベアグロウムだろう。
「ゆっくりと後ろに下がれ」
ロシェがドニを守るように前に立つ。
ゆっくりと後に下がっていくと、ベアグロウムがその姿を現す。
「グルゥゥ……」
威嚇しながら身を引くし、いつ襲い掛かろうかと様子を窺っている。
「ロシェ」
「大丈夫だ。お前がくれた匂い袋がある。鼻が敏感な獣には、今日は特に嫌な臭いだろうさ」
「うん」
怖くて足が竦みそうになるが、ロシェが励ましながら腕を優しく叩いて気持ちを落ち着かせてくれる。正面にベアグロウムを見据えながら後ろへと下がる。
彼らには背中を見せたら最後、襲ってくださいといっているようなものだから。
「この木の後ろに隠れろ」
大きな木を指さし様子を窺う。
ベアグロウムは落ち着かずにウロウロとしていたが、暫くすると警戒するのをやめて木を揺らし木の実を落としはじめた。
「よし、食事をはじめるようだな。今のうちに逃げよう」
「うん」
森を一気に抜け、安全な場所まで来ると二人は息を吐いて座り込んだ。
「怖かった……」
「あぁ」
だが、ロシェが落ち着いて対処してくれたおかげで無事戻ってこれた。
「ロシェ、ありがとうね。すごく頼りがいがあった」
「ファブリスが剣以外にも教えてくれたんだ」
森に薬草を取りに行くことを知っているので危険な獣に遭遇してしまった時の対処法を教えてくれたそうだ。
「それでも、ロシェがいてくれたから目的のモノを手に入れられたんだよ」
「役に立ててよかった」
と口元に笑みを浮かべる。
ロシェはドニに優しい。それはどこかファブリスに似ている。二人は従者という関係というよりも兄弟に近い。
シリルにはドニには言えない何かがあるようだし、気になるけれど話してくれるまで待つつもりだ。
「それじゃ帰ろうか」
「そうだな」
家に帰ると荷物を置いて一休み。いつもの倍以上つかれてしまった。
ドアを叩く音が聞こえる。
疲れている所に相手をするのは少々勘弁してほしいところだ。
「はい」
ドアを開くとクリフの親がいた。
「ドニ待っていたよ」
森に行ったのはクリフが知っているから分け前を貰おうという魂胆だろう。
ここで何もないと言えば他の物を要求してくるだろう。何か渡すまで帰らないつもりだ。
「あ……少しですがどうぞ」
本当は渡したくないが今日食べようと思って採っておいたキノコを手渡す。
「まぁ、掌にのるくらいの量だけど嬉しいわ」
貰っておいて少ないという嫌味も忘れない。
家に戻り一休みした後、オイルを摂るための準備をはじめることにした。
殻は木の実割り器でロシェが割る。実と種に分けるのはドニだ。
すぐにバケツ一杯になり、種は乾燥させるために網の上にのせて天日に干す。乾燥は十日ほどかかる。
実はカンショを加えて煮てジャムにしたり、ジュースを作っておけばいい。
「今日はそのまま食べようか」
「あぁ」
お腹いっぱいとまではいかないけれど疲れた体に自然の甘みがしみこんでいく。
「はぁ、おいしい」
「アイツならこれで何を作るだろうな」
ロシェから呟かれるアイツとは、ドニは口元を緩めわき腹を突っついた。
「なんだよ」
「なんでもなーい」
「お前の気持ちは伝わるだろうさ」
実のことではなく、今からシリルのために作る物に対しての言葉だ。
「うん」
きっと今までも色々と試しているだろう。それでも、シリルに気持ちと共にプレゼントをしたい。
それから十日後。天気の良い日が続いたお蔭で乾燥も上手く進み、予定通りに種から油をとる作業をする。
種を粉砕してから蒸し、圧搾機(あっさくき)で絞り出す。香りつけに花のエキスを混ぜて完成だ。
出来たオイルを手にシリルの所へと向かう。
「遊びに来たよ」
「よく来た」
この頃、ドニ達が来るのを楽しみにしてくれているようで、シリルが外まで迎えに来てくれる。
ドローイングルームへと向かい、隣同士にソファーに腰を下ろした。
「今日はシリルにお土産があるんだ」
布に包まれたモノをテーブルの上へとのせて開く。
「これは?」
「ケア用のオイル。試してもらいたくて」
その言葉に、シリルの表情が曇りだす。
「ドニ、折角だが、僕には効果がないから」
「そっか、ごめん」
やはり色々なモノを試した後らしく、何も効果があらわれず落ち込んでいるシリルを思うと、もし、上手くいかなかった時は、今まで以上に辛い思いさせることになりかねない。
「いや、僕の方こそすまない。ドニが作ってくれたのだろう?」
「うん。俺に出来ることはこれくらいだから」
「ドニは優しいな。その気持ちがとても嬉しい」
シリルはドニの隣に移動し、その手を握りしめる。
「毛並のことはあきらめている。だが、ドニの気持ちは有りがたく受け取るよ」
そして手を離すと、オイルの蓋をあけて掌の上へと適量とる。
「シリル」
「これはとてもいい匂いがする」
大きく息を吸い込み、口元を綻ばす。
「花のエキスをオイルに混ぜたんだ」
「そうか」
そのまま尻尾に撫でつけて手櫛で解す。
特に変わった様子はなく、だが、尻尾を振る度にそこから甘い香りがする。
「いいにおいだ。今まで使っていたのは匂いがキツイか無臭なものだったから嬉しい」
ありがとうと改めて言われ、ドニは首を横に振るう。
「気に入ったよ」
「シリル、ありがとう」
「何故、ドニが礼を言うんだ。まったく、お前はやはり変だ」
と額を指ではじかれ、目が合うと一緒に笑いあう。
そして一息つくと、
「ドニ、僕の話を聞いてくれるだろうか」
シリルがそう切り出した。
「もちろんだよ」
きっと毛並みのことは関係している。だけどそれだけではないような気がする。
「まず、ドニに隠していたことがある。僕は貴族ではなく王族だ」
「え、王族!」
貴族でなく王族。そのままの態度でいいと言ってくれたがさすがに王族相手に馴れ馴れしい態度をとってしまった。
混乱するドニにシリルは貴族だと告げた時のようにそのままで構わないという。
「でも」
「僕にとってシリルは身分など関係ない友達でいたいんだ。だからお願い」
手を合わせて見あげてくるシリルはとっても可愛くてドニはじゅるりと音を立てる。
「可愛いから、いっか」
本当は良くないのだろうがシリルの可愛さにどうでもよくなってしまったドニだ。
「はは、ドニはそうでなくてはな」
そういうとなぜここにくることになったかをシリルは話始めた。