ゾフィードの願い
薬草や食料をとりに行く日にシリル達に会いに行く。連絡用の鳥は森の中。村の人に詮索されたくないからだ。
迎えに来るのはファブリスで、お茶の準備はゾフィード。おもてなしはシリルがしてくれる。
そんな夢のような日々を一カ月、二か月と過ごしていく。
ドニとシリルは会話を楽しみ、ロシェはファブリスから剣術を学ぶ。
ゾフィードとも話をするようにはなったが、当たり障りのない会話くらい。もう少し仲良くできたら良いのだが。
「ロシェとファブリス、仲良くなったな」
「そうなんだよ。それが嬉しくて」
ちらりとゾフィードへ視線を向けると、銀製のトレーにのせていたお菓子を前に突き出した。
「いいにおい」
「ドニたちが来るようになってから菓子のレパートリーが増えたな」
「え、本当!」
それは嬉しい。歓迎してもいい気持ちになったということだろうか。
「この変態が赤ちゃんくらいしか食べないからだ」
変態。この頃、ドニのことをそう呼ぶときがある。嫌な言葉だけどそう呼ぶということは前向きにとらえている。
だが赤ちゃんとはどういうことだ。
「なんで?」
シリルと顔を見合わせ、口元が緩んでいるのをみてションボリと肩を落とした。そのまんまの意味なのだろう。
「食が細いからだ。獣人の子供でもドニより食べるぞ」
ドニはあまり食に関心がない。しかも心配されるほどのようだ。
「そっか、俺が沢山食べれるようにって作ってくれているだね」
「ドニは細すぎる。ロシェは多少マシというくらいか」
休憩をするためにふたりがすぐそばにきていて、筋肉はあるようだがとファブリスがロシェの腹を撫でて触るなと叩かれていた。
「スキンシップ! いいなぁ」
ファブリスがロシェに触れるところをこの頃見かけるようになった。ドニもシリルと手をつないだりすることはあるが、ゾフィードにはまだ触れることができていない。
「馴れ馴れしいだけだ」
とロシェはいうけれど、本気で嫌がっていないような気がする。
つれないなとファブリスが言い、ロシェが顔を背ける。
「いまお前のやるべきことは、これを食べることだ」
他の人よりも少なめなのは無理はさせないためだ。ちょっとした優しさがたまらない。
「うん。いただきます」
二種のベリーを使ったケーキ。
紫ベリーはやせた土地でも育つフルーツで、ドニの家の畑でも栽培している。
赤ベリーは高級品で図鑑で見たことがあるだけだ。
「ひゃぁぁ、赤ベリーってすごく甘いんだね」
「温室で育てている」
「え、そうなの!」
奥に温室がある。管理をしているのはゾフィードで、許可なくして立ち入ることは禁止されている。
何を育てているのか興味があった。前に一度、温室を見たいと言ったことがあったがその時はダメであった。
「ゾフィード、まだ許可できない?」
嫌そうな表情。これは今回もダメかもしれない。
興味はあるが無理やり見たいというわけではないのでシリルに、またの機会でと言おうとしたのだが、
「どうして見たいんだ」
といつもとは違う反応だ。
「珍しい薬草とかありそうだから興味があったんだけど……」
フルーツや木の実、それに野菜にも薬として使えるものがあるのは本当。だけど少しでも仲良くなりたいという下心もあったりする。
「そういうことか。それなら二人が稽古をしている間、招待しよう」
「え、いいの!」
これはかなり嬉しい。
「温室には二人で行くといい」
仲良くなるチャンスだぞとシリルが囁いた。
「行くぞ」
「うん。行ってきます」
シリルに手を振りゾフィードの後を追う。
温室は広くそして色々な木や植物があった。
「すごい! このハーブは熱さましに、この野菜はお通じが悪い時に食べるといいよ。あ、この果物は目に良いんだ」
見て回りながら気が付くと説明をする。
「詳しいな」
「俺たちを育ててくれた爺さんに教えてもらったんだ」
ドニは森の中に捨てられていたのを薬草を取りに来た爺さんが見つけて育ててくれた。
ロシェは父親が放った火によって火傷を負い家族を失った。そして一緒に住むようになった。
それをゾフィードに話すと耳と尻尾が垂れ下がる。
「あ、気にしちゃった?」
「まぁな」
「ごめんね。でも俺たちは気にしてないよ。だって爺さんがいたし、今はふたりで助け合って生きてる。それにシリルたちと会えたんだもん」
ざっと見て回っただけなのでゆっくりと見させて欲しいとお願いしようとしたところに、
「なぁ、毛並みに良いものはこの中にあるだろうか」
「毛並み……もしかしてシリルのために育てているの?」
「そうだ。シリルは毛並みと体格のことで辛い思いをしている。だから少しでも役に立てたらとな」
許可が必要なのはそれが理由だったのか。シリルが知ったとき、複雑な気持ちになるかもしれない。
「あー、だから俺なんだね?」
ぴくっと耳が動いた。どうやら正解のようだ。
「薬師である俺ならもしかしたらって」
「あぁ。毛並みを良くするものを作れるのではないかと」
「なるほどね」
もう一度じっくりと見て回るがそれ自体が毛並みをよくするかと聞かれたら唸ってしまう位のレベルのものしかない。
「このハーブを使った石鹸とか髪を洗うのに使うけど、毛並みではなく肌をつやつやにするものだしなぁ。それよりも海藻で作った石鹸の方が効くよ。あとはマルラの実の種かな」
「マルラの実とは?」
「えっと、甘い木の実なんだけど、大きさは俺の手くらいで、種油を使ってヘアーオイルを作るんだ」
自分では作ったことはないが爺さんから聞いたことがあった。
「ドニ、それを手に入れたら作ってくれるだろうか」
「いいよ。材料も森で手に入るからとってくる」
「ありがとう、ドニ」
いつも美味しいお菓子を食べさせてもらっているし、ゾフィードと仲良くなりたいからという下心もあるが、シリルのためになにかしてあげたい。
それにゾフィードに頼ってもらえたのが嬉しかった。
マルラの実は非常に厄介な場所にある。
その実を取りに行きたいとロシェに話したら、すぐにダメだと返ってきた。
それには理由がある。
甘くておいしい実はベアグロウムの好物なのだから。
たくさん読んでぼろぼろになってしまった図鑑に載っている。それをロシェと一緒に見たことがあるからだ。
「お願いっ。シリルのためにどうしても必要なんだ」
「駄目だ。危険すぎる」
それでも行かなければならない。ゾフィードに応えたいから。
「お願いっ」
手を合わせて拝み倒すと、ロシェが大きくため息をついた。
「危険だと俺が判断したら手に入らなくても逃げること。それを守れるなら」
「うん。ありがとう」
大好きとロシェに抱きついたら鬱陶しいと引き離された。
ダメだといいつつも一緒にいってくれるのだから優しい。
明日のために匂い袋と薬を多めに。手がふさがらないように背負い籠を持っていこう。
ロシェは剣の手入れを念入りにしている。シリル用にと準備しておいたそうなのだが短剣を使っているそうで使用しないからと使えとわたされたそうだ。
今まで使っていた剣は爺さんの物であまり切れ味が良くなかった。買いたくとも元となるものがなく使っていたのだ。
剣をもらった時はよほどうれしかったようで何度も眺めていた。ドニはその姿を黙って眺めていたのだ。
「シリルたちには良くしてもらっているよね」
「まぁな。剣術の稽古をつけてくれることだけはありがたい」
他もあるのに素直じゃないなとドニは小さく笑う。
実はいうとファブリスとロシェが鼻先を擦りあっていたのを見たことがある。好意を持っているという意味だとシリルが教えてくれた。
ロシェの良さを解ってくれたこと、そういう相手ができそうなことが嬉しい。
ただ、素直になれるのはいつになることやら。
「ほら、明日のために寝ろ」
「そうだね」
気力と体力が削られることは間違いない。ふたりはいつもより早めに眠りについた。