寂しがりやの君

君は俺のモノ

 美術室に秀次がこない。何度も連絡を入れているのに返事もない。
 何かあったのだろうか、心配で冬弥に頼んで彰正に聞いてもらうと、特に具合が悪いとかそういうのはなく、昼休みに教室を出たことは確か。
 しかも昼休みが終わっても教室へは戻ってこなかったという。
 一体、どこに行ってしまったんだ。部活の時間になっても連絡がこない。
 スマホを目に付くところへとおき、連絡がきたらいつでもとれるようにしておいた。
 やっと秀次から連絡があったのは部活の時間も残り三十分というあたりだった。
 教室で待っていろと秀次のスマホに送る。
「三芳、悪いが後は頼む」
 三芳には相手が秀次とは伝えていないが、告白したことは話した。
 しかもその相手と連絡がとれなくて、心配していることもだ。
「解った」
 後は任せなさいと、はやく行くように三芳に言われた。
 すまんと手を合わせ俺は片付けると鞄を持って秀次のクラスへと向かった。

 顔を見なければ安心できなかった。
 美術室から二年の教室がある反対の塔まで走り、息を切らせながら秀次のクラスへと入る。
 ぼんやりと座る秀次の姿を見て、俺はすぐに彼の元へと向かい、
「心配したぞ」
 と腕の中へ閉じ込めた。
「わりぃ」
 息が荒いからと背中をさすって、俺を落ち着かせようとしてくれる。それに合わせて息を吸ったり吐いたりしているうちに呼吸が楽になってきた。
 秀次の顔はどこか曇っていて、何か不安なことがあったのではないかと思わせる。
「何か嫌な事でもあったか?」
「どうして」
 そう尋ねたら、図星だったか狼狽えるが、何があったかは話してくれない。
「べつに、本当の事を言われただけだからさ」
「本当の事って?」
 それが知りたいんだと、身体を離し肩を掴む。表情をよく見るためにしたのだが、視線を外されて胸を軽く押されてしまう。
「大したことじゃねぇから。それよりも、部活は良いのか」
 この話は俺にしたくはないようで、部活の話をして話題を打ち切ろうとするが、秀次が落ち込むような何かがあったというのに引き下がるつもりはない。
「話を聞いたら戻る」
 だから素直に吐いてしまえと話を戻した。
「本当、たいしたことねぇし」
「そんな訳があるか」
 また、強がる癖。どうして秀次はそうなんだよ。素直に俺の胸に飛び込んではくれないのか?
「もういい。帰る」
 苛立ちを含んだ声だ。それでも、もういいという言葉で終わらせてはやれない。
 腕を掴んで引き止めると、
「いいから、俺の事なんて放っておいてくれよ」
 とその手を振り払われる。
「放っておけるか。そんな顔をしているのに」
 いまにも泣き出しそうな顔をしている。
「強がるな。辛いときは辛いと言え。悲しいときは俺の胸をかすから頼れよ」
 さきほど俺の背中をさすってくれたように、今度は俺が秀次を落ち着かせようと頭を撫でる。
 するとかたかった表情がすこし和らいできた。
「総一さん……」
 俺に手を伸ばしかけ、それを掴もうとしたが、手は止まり元の場所へと戻っていく。
 何故だと秀次を見れば、
「ごめん、やっぱり大丈夫だから」
 と俺から離れていく。
「秀次っ」
 何も俺達の邪魔をするものなどないんだ。頼む、もう一度、俺の手を掴んでくれ。
 だが、その願いは無残に打ち砕かれた。
「あのさ、俺、男の人と付き合うのは無理だから」
 その言葉と共に、秀次は全てを終わりにしようとしている。
「恋人として無理でも、友達でいてくれ」
 つなぎ止めておくために、そう言うけれど、
「ごめん」
 拒否するよう俺から離れていく。
「秀次」
 必死に名を呼ぶけれど、秀次は立ち止まらず走り去っていく。
 何があったのか、理由を知らなければならない。そしてもう一度、話をしなければ。
 そう思うのに足は動かず、椅子に座りこむ。
 流石に混乱している。だって、意味が解らないだろ?
 何かに落ち込んでいるようだった。理由を聞いてもこたえてはくれず、挙句の果てには付き合うのは無理と俺の前から去ってしまったのだから。
 息を深く吸いこんで吐きだす。少しだけ頭が回ってきた。
 納得できる理由を聞いていない。それで俺が諦めるとでも思っているのだろうか。
 甘いな。俺という男の全てを知らぬ癖に。逃がしてなどやるつもりはない。 

 秀次は美術室へとこない。電話もメールも着信拒否されている。
 教室へ乗り込もうとも思ったが、それはやめておきなさいと冬弥と三芳に止められた。
 二人には秀次との間に起きた事を話してある。
 美術室でお昼を一緒に食べていない事も、連絡が取れない事も、冬弥には直ぐにばれることだし、三芳には部活の事を頼んだのだから。
 それで美術室に秀次ではなく、冬弥と三芳がいるようになった訳だ。
「橋沼君ってそういう事に慎重そうに見えて、暴走するタイプだったのね」
 それは自分でも驚いている。今までそんな事は無かったのにな。
「それだけマジなんだろ、総一は」
 今までだって本気だぞ、俺は。
「橋沼君がそんなになる相手って、どんな子なのよ」
 教えてと冬弥に聞くが、駄目だと言って口を押えた。
「ちょっと、教えてくれてもいいじゃない」
「駄目」
 秀次の事を聞いたら絶対に興味をもつだろうし、会いたいと言いかねない。
「やだ、独占欲かしら」
「そうだ」
 素直に認めればしつこく聞いてはこないだろう。
 思った通り、三芳はわかったわと引き下がる。
「なぁ、暫く待ってみろよ。冷静になれば秀次も考えがかわるかもしれない」
 それも手かもしれない。だが、そのまま何も変わらなかったらどうする?
 動かなかった事を後悔して過ごす事になる。
「焦るよね」
 俺の気持ちに気づいたか、三芳の手が肩に触れる。
「悪い。こんなに余裕がないのは初めてだ」
「そうだな。今、攻めても秀次は意地になって殻に閉じこもるぞ。お互いに時間が必要だ。な」
「そう思うよ」
 そうだな。いつものように攻めても、今は逆効果だな。
「わかった。待つよ」
「もし、何かあった時は手伝っても?」
「あぁ、よろしく頼む」
 冬弥と三芳の手に自分の手を重ねる。
 焦っていたが、友達のお蔭で落ち着くことができた。
 後は秀次しだい。俺はどんと構えて待っていればいいんだ。
 答えがもし、最悪な方へ向かったとしても、いちからやり直す。
 俺が諦めなければいいだけだ。