寂しがりやの君

放課後デート

  はじめてこの画材店にきたのは、俺が入部したとき部長だった三年生が一年全員を連れて行ってくれた。
 何時間でもいられる、その言葉に皆で頷いたものだ。
 それは今でもかわらず、ここは大切な思い出の場所でもある。
 入口には冬弥が立っていて、遅いと俺らに向かって叫ぶ。
 秀次がどうしてというような顔をしていて、
「冬弥とはここで待ち合わせしていたんだ」
 と告げると、目を細めて顔を背ける。
「拗ねるな、田中」
 と冬弥が言う。そうか、デートに誘ったから、秀次もそう思ってくれていたんだな。
 やばい、顔がにやける。
「すねてねぇし。尾沢さんがいるって聞いてなかっただけだ」
「そうだったな、言うのを忘れていた」
 耳に唇を近づけて、デートに浮かれていたと囁くと、秀次の肩が小さく震える。
「な、なっ」
 耳を押さえながら顔を離すと俺と目が合い、頬が赤くそまった。
 あ、可愛いな。触りたい……。
「ちょっと、俺もいるんだけど」
 邪魔をするように顔を覗かせる。
「そうだったな」
 冬弥がいなかったら手を出していたかもしれない。心の中でありがとうと礼をし、二人に中へ入ろうと言う。
「どうしても二人と一緒に来たかったんだ」
 とキャンバスが売られている場所へ向かう。
「そろそろ、はじめようかと思って」
 冬弥は気が付いているよな。俺の顔を見て、背中をぽんと叩く。
「そうか、描く気になったか」
 本当にいい奴だな。自分のことのように喜んでくれるのだから。
「あぁ。あの時、冬弥が心を救ってくれた。そして秀次は描きたいという気持ちにさせてくれた」
 冬弥を見てから秀次を見る。だが、その表情は曇っていた。
「俺は何も」
 ここにいる資格はない、秀次がそう呟いた。
「いや、お前はいるべきだ、田中」
 とはげますように、背中を強く叩く。
「痛ぇよ」
 文句を言いつつも、表情は明るい。
「冬弥、そして秀次、付き合ってくれてありがとうな」
 真っ白なキャンバスを手にし、二人を見ると目を潤ませていた。
「泣くなよ、田中」
「アンタこそな」
 二人と言いあったあと、
「アンタじゃねぇよ。冬弥さんと呼べ、秀次」
 と名前呼びをしはじめた。下の名前で呼ぶのかと、少しイラっときたが、そんなことで嫉妬とか、心が狭いか。
 しかし、目が険しくなってしまうのはやめられない。
「は、尾沢兄で充分だろ」
 と言いながらも冬弥さんと口にする秀次も、これ以上、妬かせてくれるな。
「お前ら、俺の前でイチャつくな」
 俺のものだと、秀次を引き寄せる。
「ちょっと、総一さん」
「総一君たら、嫉妬深いんだからぁ」
 お前が悪いんだろうが。俺をからかうように指で身体を突っつかれ、ムカついてデコピンを食らわると、ビシッとイイ音がした。
 その音に驚いたか、秀次の肩が揺れた。冬弥が痛そうに額を手で押さえてかたまっている。
 仕置きだ。冬弥をそのままに、俺は秀次の肩に腕を回わす。
「それでだ。秀次、モデルをしてくれないか?」
「え、俺?」
 どうしてというような表情を浮かべている。まぁ、いきなりだし、そうなるよな。
「秀次のことを描きたいんだ」
「それこそ冬弥さんの方が絵になるんじゃ……」
「お前の身体、理想的なんだ」
 俺のような筋肉質の身体ではなく、細いがしっかりと筋肉がついている。
 そっと首を撫でると、くすぐったかったのか、目尻が下がりふるりと震えた。
 あぁ、可愛いな。もっと触りたくなるじゃないか。
「総一、セクハラしていないで買っといでよ」
 痛みから復活した冬弥が俺と秀次の間に割って入る。いいところなのに、邪魔するなよ。
 冬弥が駄目だといいたげに首を横に振るう。解ったよ、これ以上は何もしない。
「そうだな。行ってくる」
「おう。ここで待ってるわ」
 会計をする為にレジへと向かう。
 そして二人の元へと戻ると、秀次がモデルを引き受けてくれるという。
 待っている間、冬弥が上手く話しをしてくれたのだろう。俺を見てウィンクをする。
 ありがとうと声に出さず口だけ動かし、秀次には詳しくは明日と言い、画材店を後にした。
 流石に画材を持ったままデートの続きという訳にはいかず、今日はここで秀次と別れる。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「あぁ。また明日な」
「今度は二人きりで、デートしよう」
 と告げ、秀次と別れた。

◇…◆…◇

 はじめは昼休みに時間を貰って絵を描こうと思っていたが、それでは時間が足りない。
 部活の時に来て貰うという手もあるが、秀次にモデルをして貰うことは、部員には教えたくなかった。
 それならうちに来て貰えばいい、ばぁちゃんも会いたいと言っていたし、休日も二人きりでいられる。
 それに家ならば、無理なお願いも聞いて貰えそうだ。
「待っていたぞ」
「おう、どうも」
 何か眩しそうな顔をしているな。丁度、日が差し込んでいるしな。カーテンを閉めておけばよかったか。
 でも、風が気持ちいいしな。秀次が閉めて欲しいといってからでいいか。
 秀次が腰をおろすのを待ち、
「秀次、モデルの件なんだが」
 と話し始める。すると秀次が身構えはじめ、俺は大丈夫だよという意味を込めて笑ってみせた。
「今日からと言ったけれど、土曜か日曜、どちらか俺の為に時間をくれないか」
「別にかまわないけれど、ここで描くんじゃねぇの?」
「いや、家に来てほしい」
 その方が色々と都合がいい。
「昼休みは時間が足りないし、秀次のことは他の部員に知られたくないし」
 部員の数名に俺と秀次が友達だと言うことは知られている。
 モデルまで頼んだと知ったら色々と聞かれそうだし、それに三芳には知られたくない。猫をかぶって「私のモデルもして欲しい」なんて頼みかねないからだ。しかも自分の魅力を知っているからそれを使って落としかねない。
 秀次はもともと美人な人が好きみたいだしな。簡単にコロっといきそうだ。
「わかった」
 何故だろう、秀次の様子がおかしい。
 目を見開いたまま俺を見て、ぽろりと頬に涙が伝う。
 それを急いで手の甲で拭い、何事もなかったかのようにしようとした。
 俺は秀次に何をした?
 俯く秀次の顎を掴み、顔をあげさせる。不安げな眼差しに胸がずきりと痛む。
「不安になるようなことを言ってしまったのか、俺は」
「べつに、なんでもねぇよ」
 強がって嘘をついて、そんなことをするなと、俺は秀次の頭を抱きしめて撫でる。
「秀次、何が気になったんだ。話してくれないか」
「他の部員に知られたくないって」
 そうか、周りに知らしめるために仲の良い姿をみせたというのに、会わせたくないみたいなことをいったら、それならどうしてあんなことを言ったんだと思うよな。
「勘違いさせたか。そういう意味じゃない」
「じゃぁ、どういう意味だよ」
「俺以外の奴に、ちやほやさせたくない」
 ただの独占欲だから。それが伝わったか、秀次の顔が真っ赤に染まる。
「まったく、お前は可愛い奴だな」
 恋愛に初心ではないだろうに、俺の前ではそんなだから、手を出したくなるんだ。
「んぁ、そういちさん」
 快楽に弱い所も、たまらない。すぐに顔が蕩けるよな。もっと、気持ち良くさせたい。俺の手で感じて欲しい。
 服の中へ手を入れ、脇腹を撫で、腹筋へと触れる。
 うん、思った通りにイイ身体だ。全て脱がせてみてみたい。
「やっぱりいい筋肉している」
「駄目だって」
 胸を強く押され、唇と手を離す。
 俺から身を守るように自分自身を抱きしめて身を小さくしている。
 拒否られたか。残念だ。
「油断も隙もねぇ」
「好きな子にさわりたいと思うのは普通だろ」
 秀次が止めなければ、別の場所まで触れていただろう。
 もっと触ってほしいと思わせるように、摘まんで、扱いて、この手でイかせて……。
「学校ではやめてほしい」
「我慢できたらな」
 と、頬に口づけた。
「我慢する気なんか、全然ねぇだろ」
 ばれたか。
 胸板に、パンチが一発。キスが嫌で殴られたのではなく、照れからくるやつだ。
 だから調子に乗ってしまうんだよな。
 にやにやする俺に、秀次がジト目を向ける。
 ごめんと言って手を合わせれば、ため息をつき、顔を背けた。