Short Story

対決の結末は

 城につくとすぐに部屋に案内される。これから行われる演劇へ飛び入り参加するための場所なのだとか。
 すぐに出番はやってきた。
 ドアがノックされ、アルフォンスからフレットへとかわり、隣の部屋へと向かう。

 いつものふたりなら人前なら笑顔を見せることだろうが今は酷い顔をしている。
 ヴェルネルの良く知る顔。不機嫌な時に見せるものであった。
「なぜ、お前がここにいるの」
 いるべきではない者がいるのだから、そのような反応になるだろう。
「レナーテから名が出たから呼んだ」
「すぐに来れるはずがありませんわ」
「まさか、はじめから知っていたのですか」
 ヴェルネルがここにいる理由に気が付いたか、アレッタが指をさす。
「ははっ」
 それには応えず、セルジュは笑うだけ。
 肯定だととらえたアレッタがヴェルネルを睨みつけた。
 これは、刺繍をしたのが自分だと話したと思われているのではないだろうか。
「卑しい者がっ、王族に取入ろうとするなんて欲深い!」
「そういうことだったなんて。世話になっておきながらなんたる仕打ち」
 怒りに肩を震わせるふたりに、ヴェルネルは逃げ出したくなる。
 ここが家だったら、鞭や棒で殴られていたことだろう。
「大丈夫だヴェルネル。ここでは何もさせない」
 肩に手が触れる。それだけで怖いという気持ちが、まるで霧のようにサーと消えていく。
「ありがとうございます。王子殿下」
「セルジュ様、何を聞いたか解りませんが、この者は嘘つきなのです」
 ふたりの会話にアレッタが割って入る。それに対して不快そうに顔をしかめる。
「ほう、嘘つきとな」
「はい。信じてはいけません」
 普段は互いのことを良く思っていないくせに、こういうときだけ姉妹は協力し合う。
「余程に知られたくないことがあるのだな」
「そのようなものはありません」
「そうか。それなら、フレット、彼女たちに聞かせてやれ」
「はっ」
 虐げていたこと、睡眠時間を削らせて刺繍をさせていたこと、それ以外にも気に入らない侍女を他の侍女を使っていじめていたことも告げる。
「そんな、これは嘘ですわ」
「そうよ。私たちがこんなことをするなんて」
 先ほどまでは怒りで震えていたのに、今は罪を知られて恐ろしさで震えていた。
「潜り込ませていた影からの報告と、いじめられて仕事を辞めた者からも話を聞いた」
「違います、私ではなくレナーテが」
「な、お姉さま、私に罪をなすりつけないで。ご自分がされていたことでしょう!」
 さきほどまで協力しあっていたのに、今度は罪を擦り付け合う。
 そんなふたりをセルジュは冷えた目で眺めていた。それにすら気づかずに言い争っている。
「は、君たちはとても醜い姉妹だな」
 その言葉に、言い争いが止まる。そしてセルジュへの方へと顔を向けた。
「醜いですって」
「セルジュ様でもそれはあんまりですわ」
 男性から容姿を褒められて贈り物をたくさん貰っていたと、侍女が話していたのを聞いたことがある。
 だから自信を持っていたようだし、それを貶されたと思ったのだろう。
 醜いのは心。だが今は姿までもが心を写し醜い。
「すまん、正直な気持ちが出てしまった。こんな君たちを他の男達が見たら夢から冷めてしまうだろうに。なぁ」
 口元には笑みが浮かんでいるのに目は笑っていない。それにたじろぐ姉妹。
「俺はエスコートをするのもお断りだがな」
「なっ」
「こうなったのは全てヴェルネルのせいよっ!」
 いや全部自分たちのせい。だが他人のせいにして生きてきたから、責任を負うことができないのだ。
「いい加減にするのだ。暫くの間、家で謹慎をし反省をするがいい」
 もう話すことはない。
 退室するように命じるが、姉妹は父親を待つというが、きっとどうにかしてもらおうと思っているのだろう。
 だがそれを許すわけがない。姉妹を連れていくように侍女に命じた。
 次はデニスの元へ向かう。
「あのふたりがいると話しが進まないからな」
 確かに。邪魔をしてくるのは間違いない。
 デニスは何が起きていたかまったく解っていない。そのために遠い部屋に案内したそうだ。
「セルジュ様、お待ちして……なぜお前がここにいる!」
 セルジュと娘のどちらかが一緒ならわかるが来たのがヴェルネルだ。
「娘たちはどうしたのでしょうか、それにどうしてヴェルネルが」
「結果から言おう。婚約は白紙だ。そしてヴェルネルは俺の保護下に入る」
「な、なんですとっ」
 このような展開になろうとは思わなかっただろう。
 立ち上がってすぐに力なく座り込んだ。
「一体何が……」
 そしてはじかれるように顔を上げヴェルネルを睨んだ。
「貴様か、貴様が娘たちの邪魔を」
「は、またヴェルネルせいか。それはもう聞き飽きた」
 もうやめよと手を払うような動きをする。
「こ奴が姉妹を妬んで嘘をついたのでしょう!」
「はー、フレット、こいつらがヴェルネルにしたことを話してやれ」
「はっ。それでは」
 姉妹に告げたことにプラスし、監禁に近いことをしていたこと、食事を十分に与えなかったこと、主としての責任を問うものだと告げる。
 精神的に追い詰められて顔色が悪くなったデニスに、セルジュは優しく肩に手を置いた。
「本来であれば罰を与えられるところだが……」
 と、そこで言葉を止めた。都合の良い方向へ言葉がとれるように。
 罪を問われて牢獄行きや鉱山送りとなったとしても、高額な金を納めることで回避できる。
 痛手をおわせることはできるが、反省をするところか恨みを持つだけ。
 それよりも別のやり方で痛い目にあわせてやらないか、と、この部屋に行く間にセルジュから提案された。
 自分では何もできないから任せることにしたのだ。
「ありがとうございます、セルジュ様」
 許してもらえたと思って安心したのだろう。何度もお礼の言葉を口にする。
「姉妹には謹慎をするように申しつけてあるので期間はデニスに任せる。話しは終わりだ。帰るといい」
「はい。失礼します」
 脇目もふらずに急ぎ部屋を後にする。その様子を眺めていたふたりは、
「いつもは上品ぶってるのに」
「あはは、そんな余裕はないだろうさ。急いで帰って姉妹に何があったか聞くんだろう」
 フレットが砕けた調子で話し始めた。相手は王子なのに不敬にならないかとアタフタとしていると、側近の二人は学生時代の友人なのだと教えてくれた。
 なんとも羨ましい。学園で学ぶことも、友人がいることもだ。
「私生児である私には憧れるものです」
「勉強なら教えられるし、友人だってすでにいるではないか」
 そういうとセルジュは自分自身を親指でさす。
「え、えぇっ」
 なんと恐れ多い。
 無理だというように両手を横に振るが、セルジュに掴まれてしまった。
「俺では友にはなれないか?」
「そそそ、そんなことはないです」
 こんなに素敵で優しい人と友達になれるなんて光栄でしかない。
 だけど庶民である自分なんかが友達になっていいものなのか。そう思ってしまうのだ。
「うむ、では勝手に友として扱うことにする」
「え?」
「俺のことはセルジュと呼ぶように。解ったなヴェルネル」
「え、あ……はい」
 名を呼んでよい。
 じわじわと耳が熱くなってくる。
 ふ、とセルジュの口角が上がった。
「真っ赤だ」
 片方の耳を掴まれて動かす。さらに熱が上がる。
 それでなくとも顔が良いのに、しかもヴェルネルはこういうことに慣れていないのだ。
「王子殿下じゃなくてセルジュ様っ」
「ふ、あははは、可愛い奴め」
 ぽふんと頭の上に手がおかれ、ぐりぐりとかきまぜられる。
「あわわわ」
 頭が揺れるし照れくさい。
「さて、お前を連れ出せたことだし、タズリー伯爵家の者には痛い目にあってもらおうか」
 すごくよい笑顔で恐ろしいことを言う。
 これが本当の姿だよとフレットがヴェルネルに囁く。
「おい、減俸するぞ」
「酷いっ」
 やめてと縋りつくフレット、それを引き離そうとするセルジュ。そのやりとりに自然と口元が緩んだ。