ゲームの世界に転生しました
魔王にさらわれた姫を助けるために勇者は旅立ちました――。
ゲームのオープニングが頭の中で流れる。あの曲は何度聞いてもいい。これから冒険が始まる、そのオープニングにぴったりだ。
「はぁ、名作だよなぁ、アルトファンタジア」
ほう、とため息をつきながらふんふふふーんと鼻歌をしていると、
「ブレフト、そのアルトファンタジアとはなんだ?」
耳元に低音なイケメンボイス。マジでいい声だな。
ブレフト、それは今の俺の名だ。まさか自分の身にマンガや小説のようにゲームの世界のキャラに生まれ変わる、なんてことがおころうとは。
全てを思い出したのは姫様と目があった時だ。激しい頭痛とおもに一気に記憶が流れ込んだ。
あの日、俺は夜行バスに乗っていた。そして事故にあって、たぶん別の世界の俺は生きていないだろうな。
パニックにならなかったのは幼いころからのブレフトの記憶があったからだろう。
そして目の前にはアルトファンタジアのラスボスである魔王・ゴットフリッドがいる。
褐色の肌と黒く艶やかな髪と色気のある目元。彼のような人を美丈夫というのだろう。
ゲームの中ではほつれたマントみたいなのを身にまとい、綺麗な体のラインがわかるほどのぴちぴちの服を着ていたのだが、普段の彼は白のシャツと黒のズボンというシンプルな服装を好む。
ちなみにゲームでは魔界と言われているが、ゴートラン島国という名前があるし、島の周りは瘴気で囲まれているが、魔族が住む場所まで瘴気があるわけでなく、瘴気よけの防具や魔法がなくてもダメージを受けることもない。
ファンの間ではリッド様って愛称で呼ばれているようだが、俺は魔王って呼んでいる。
返事をしない俺にどうしたのかと顔を覗き込む魔王。無駄に顔がイイから同性なのにドキッとしてしまった。
「魔王様、手を洗って。調子はどうだ? ピッチャーに魔草茶が入っているから飲めよ」
王様に対する態度じゃないけど、さらってきた奴に礼儀正しくなんてするつもりはないのでタメ口で話している。
でだ。魔草茶というのは魔力を持つ者が身体に支障を感じた時にその症状を和らげるものだ。魔力が多ければ多いほどなる。ちなみに症状は熱・頭痛・身体の倦怠感など。
俺は魔力がないので飲む必要のないお茶なのだが、気になって飲んでみたらすっごくマズかった。
どうせなら美味しいほうがいいじゃないかと色々と手を加えてみたら、果物との相性がよく評判だった。
「体調を気にしてくれてありがとう。ブレフトの作ってくれる魔草茶のブレンドは美味くてよい」
話題をそらすことに成功したみたいだ。聞かれてもなんて話したらいいか困るものな。
あの日のことを思い出す。
バルコニーに人影があり、何奴と俺がカーテンを開く。そこに立っていたのは容姿にすぐれた男。ただ、自分たちとは違うものをもっていたのだ。
「貴方は」
姫様が声を上げると、
「美しい貴女をわがものにするために来た」
その手を取り甲にキスを落とす……はず。
「お前を俺のものにするために来た」
と俺の手を取りキスを落としたのだ。
魔王は俺を、体格がよいから体重もそこそこあるのに軽々と連れ去ったのだ。流石魔王だわと思ってしまった俺だが、いやそこじゃない、恥ずかしくないのかっ!
自分自身にツッコミを入れている間に城に到着。連れていかれたのは広くて煌びやかな女性向けの部屋だった。
やっぱり間違ったんじゃん!
ソファーの上にそっと、まるで女性を扱うように下ろされて、俺はすぐに魔王に言った。
「さらう間違えていないか」
と。魔王から返ってきた言葉は、
「間違っていない」
だった。
ゲーム内での俺は名のなき護衛騎士。ようするにただのモブだ。そんな者をさらっても物語は始まらないぞ。
まず、王様が勇者に姫を助けてほしいとお願いしないからストーリが進まない。
ゲームの進まないロープレなんてある!?
しかも理由が俺に一目ぼれしたとか。どこに惚れる要素があるんだよ。目がおかしいんじゃないか!
物思いにふけていると、
「ブレフト」
「ん……うおっ」
気づけば魔王の顔が近い。
騎士の技の一つ、後ずさり。
あ、これは本当にあるスキルなんだ。攻撃を避けるのに使うヤツだ。
「おや、キス待ちなのかと思ったよ」
「そなことあるか!」
ビシィ。
思わず手の甲で魔王の胸のあたりを叩いてしまった。
「ふふ、私は別に構わないのに」
魔王は怒るところか笑みを浮かべている。ナンデ?
「君といると退屈しないな」
あぁ、そういうことか。
お友達が欲しかったのならさらう必要はないのに。
キスとか口にするのは揶揄っているだけ。うん、それなら納得だ。
「魔王様は友達が欲しかったんだな」
「いや。愛する人と一緒にいたいだけ」
愛する人が俺って、魔王が男が好きっていう設定なんてあったか?
ここはアルトファンタジアの世界で間違いないのに、何かが少しずつ違っているようだ。
ここの暮らしはとてもいい。美しい山と川、朝の散歩はすがすがしい。
この国の人たちは動物の耳や角や羽が生えていたり、肌の色がちがったりするだけで人と大して変わりはない。
人の国で教わる魔族のことは見た目と肌色以外は嘘だ。人の国だって凶悪な者はいる。それと同じ。
城の中にいる人たちは親切だし、魔王は民に慕われていて気さくに話をしている。
ただ、城で出された料理が独特の味で俺の胃袋が受け入れなかった。料理はなぜか魔王騎士団の者が作っていた。
なぜ料理人を雇わないんだよと言いたいが、食べなれていて誰も何も言わなかっただけのようだ。
魔獣は食料として食べられている。食べるものは俺が住んでいた世界と大して変わらないけれど牛と豚は魔物なんだよね。二足歩行だし、洋服を着ているし、武器だって持っている。
しかも魔物だから独特の臭みがあって、それをどうにかする方法は知っている。
遠征で魔物を狩って調理をしていたからだ。それは先輩方から教わったんだ。それに俺のユニークスキルは家事だからな。 アルトファンタジアにはメニュー画面から作成を選択するとアイテムなどを作ることができ、キャラクターを一人選んで作成するのだが得意・不得意がある。
ちなみにモブの俺にも得意・不得意があって、得意なのは料理、不得意なのは鍛冶だって。
料理は食べると色々な効果を得られるが、レシピ通りに作ったもののみ有効だった。
「ブレフトが作るご飯はとても美味しいですね。手が止まりません」
ほう、と息をはき頬に手を当てるのは魔王の美しき側近であるシーラ。時折、お色気シーンがあって、もうね、色っぽい服のきかたをするんだわ。タイトスカートとか短すぎるし。
「花嫁修業もばっちりだろう?」
「はい。さすがです」
俺の目の前で交わされる会話、ヤメテクダサイ。
花嫁修業じゃないし。でもシーラが沢山のご飯をおいしそうに食べる姿は癒されるな。
細身で美人、仕事もできて強い。隙がなさそうにみえるが手先が不器用で大食いなところが可愛い。
姫様と男子の人気を分け合っていたっけ。ペッタンとボン・キュ・ボン。俺はどっちも好きだけどなっ!
「あとでおやつを作るから持っていくな」
「はい。楽しみにお待ちしておりますわ」
あ、作ろうとしているミルク味の骨の形をしたクッキーはHP回復(小)の効果ありだったりする。ゲームの世界だからそういう効果が付与されるのだろう。
子供たちはやんちゃだからな。ちょっとした怪我を負うので子供らが来るときはクッキーと何かを作るわけ。
疲労回復にもクッキーは効果的だからシーラにも持っていく。書類の処理は大変だものな。いつも忙しそうだし。
魔王が期待をするように俺を見ているがそれには見て見ぬふりをした。