アルトと内緒話
ワープで城まで戻ると部屋を用意するまでアルトはシーラに城を案内してもらうことになった。
彼女を見た時の反応はやっぱ男だなと思ったね。うん、興奮しない方がおかしいから。それくらい生はすごかった。
さて、俺はアルトのために部屋を用意するか。
「リッド様、どの部屋をつかえばいい?」
城のマップは魔王が迷子にならないように用意してくれたものだ。
宝物の中にマップがあるから、それかもなんて思っちゃったよ。
「そうだな。このあたりに」
愛称で呼んだら喜んでる。慣れるまでこの反応なんだろうな。くそ、少しだけ可愛いじゃないか。
ところで、俺とアルトの部屋が遠い。後で話をしようと思っていたのに。
「ここじゃダメなのか」
俺の部屋の近くを指さすが、魔王は首を横にふるう。
「それならここ」
すこしだけ近くになった。
「わかった。じゃぁ、掃除手伝って」
「よしきた」
掃除をするためにエプロンと三角巾を着用する。魔王はどんな格好をしていてもカッコいいからずるい。
部屋に向かい掃除開始。
「魔王はやさしめの風魔法で高いところのほこりを払って」
「わかった」
あぁ、魔法って攻撃だけでなく、掃除にも使えるから便利だ。しかも光魔法以外なら使いこなせるからいいよな。
埃をおとし、床、壁、家具を拭いてベッドにシーツを敷き、部屋の準備は完了だ。
「アルトと仲良くするなとは言わないが、俺をやかせることはないようにな」
「あのなぁ、アルトはそういうのじゃないって。俺を、恋愛的に好きとかいうのはお前くらいだ」
とくに容姿に優れているわけでもないし、レベルだって低い男だぞ?
「こんなに魅力的な男なのに?」
そっと手が俺の頬へと触れる。
「やっぱりそんなことをいうのはお前だけだ」
そういって俺は魔王の手を拒むように顔をそむけた。
「どうしたら手に入るのだろうな」
「さぁな」
魔王のことは人としては好きだけど、恋愛の対象としては見ていない。
それは解っているだろうに、だけど諦めてはくれない。
「そろそろアルトが戻ってくるだろう。夕食にしよう」
「そうだな」
魔王に手伝ってもらい料理を用意する。魔族が作る料理はワイルドな味付けでちょっと~な感じだったんだけど、俺が料理教室を開いて出汁を取る、臭みの取り方、味付けなど教えたらさ、すっかり上達して今では俺よりも味付けが美味い。
それで、ライニールの母親がかぼちゃ煮をもたせてくれた。
あとは簡単にできる料理を何皿か。白米があるのは嬉しい。
「わ~、うまそう」
「いいタイミングだな」
「そろそろ料理ができてるのではないかと思いまして」
さすがシーラだ。アルトは彼女が食いしん坊キャラだとは知らないから驚くだろうな。
夕食を終えてアルトを部屋に案内する。そこで話をするつもりだ。
「アルト、転生してからの話を聞かせてくれないか?」
「いいぞ。気がついたらこの世界にいて、アルトの記憶が脳内に流れてきたんだ」
俺と同じだ。ブレフトとして生きた記憶があったからパニックにならなかった。
「まさかマンガや小説のようなことが俺の身に起きるなんてって思ったよ」
「アルトは主人公だから姿を見ればこの世界がアルトファンタジアだってわかっただろうけど、俺なんてモブだぞ。姫様を見るまでわからなかったよ」
「あー、俺もブレフトって誰だよって思っちゃったもの」
「だよな」
そしてアルトだとわかった彼はゲームのような展開を待っていたそうだ。
だけどいつまでたっても姫様が誘拐されず、勇者になれないアルトは何が起こっているのかと確認をしにここまで来たと。
「拉致られたのが俺だってびっくりだろ」
「そうだよ。なんでだよって思ったぞ」
「しかも人族だから襲ってこないし。むしろウェルカム状態だし」
「そうそう。人族なんてめずらしいわ~だってさ」
ゲームと違って、ここに住む人はのんびりとしていて平和だもの。
「なぁ、ここって本当にゲームの世界なのかな」
え、それってどういうことだよ。間違いなくアルトファンタジアの世界だぞ?
ステータス画面もあるし、コントローラーも持っている。
「アルト、コントローラー持ってるか?」
「あるよ。自分以外には見えないやつだろ」
「そうそう。ゲームの世界だから持っているんじゃないのかな」
「うーん、言われてみればそうだけど……冒険が始まらないゲームってある?」
それを言われたらなんともいえない。アルトファンタジアの世界でスローライフなんてゲームがでるなんて噂も聞いたことがないし。
「リッド様がブレフトを愛し子なんていっているし、あ、もしかして」
「え、何か気が付いたのか」
「えっとぉ、もしかしてなんだけどさぁ」
ちらりと俺を見て、言いにくそうにしている。
なんだよ、気になるじゃないか。
「話してみろよ」
「薄い本の世界、とか?」
「薄い本」
たらりと冷や汗が流れた。
それなら納得できてしまう。うう、肯定したくないんだよぉぉ。
「ところで、ブレフトはどうしてここに来たんだ?」
「それがさ、魔王が姫様でなく俺を連れ去ったから」
「え、やっぱり薄い本?」
「いうなよ。現実逃避していたのに」
あの日のことはよく覚えている。途中まではオープニングのムービーと同じ展開だったから。
そこで何かを思い出しかけた。たしか、姫様が何かを言っていたような気がしたのだ。
「あれ、魔王のことをリッド様って言ってなかったか」
貴方はではなくリッド様。
そうだ、どうして姫様は愛称を知っていたんだろう?
「おーい、ブレフト、どうしたんだよ」
「あ、うん、姫様ってもしかしたら俺たちと同じじゃないかって」
「転生者ってことか」
「そう。だって、ゲームではバルコニーではじめて魔王と会うはずだよな。なのに愛称で呼んでいた」
「それって確認した方が良さそうじゃね?」
たしかに。
「なぁ、アルトはワープ使えるのか?」
「おうよ。ただし城までは行けないかも。俺、一度も行ったことないし」
あぁ、そうか。ゲームが始まっていないから城に行っていないのか。
だとしたらアルトがワープできるところまで行って、後は歩きで向かうか。
でもさ、行くのはちょっとばかり気まずいんだよな。姫様が俺がさらわれたことを告げてくれているかどうか解らないし。
「魔王に頼む?」
「あ、魔王なら城に行ったことがあるな」
だけど連れて行ってくれるかな。
「ブレフトが頼めば連れて行ってくれるだろ」
「うーん」
戻りたいのかと勘違いされないだろうか。
いや、なんで勘違いだよ、戻るべき場所は姫様の側でありここじゃないだろうが。
「すごい顔しているぞ」
「えぇ、どんな顔だよ」
「苦しそう」
帰ろうと思えば帰れたのかもしれない。それなのにさらわれた時から諦めていた。
ゲームの中での姫様がそうだったから。
だけど今は居心地が良いと感じている。
「そうだな、俺はここが好きなんだ。薄い本の世界かもしれないけれど、いい人ばかりだもの」
「そっか。それならやっぱり魔王に頼もう」
ここにまた帰ってくるために、ということか。
「わかった。明日にでも頼んでくる」
話を終えて部屋を出る。
あまり長居をすると魔王が気にして来る可能性があるから。
自室へと向かうと扉の前に魔王の姿が。
やっぱり気にしていたのか。
「言っておくけど、俺のことを恋愛対象として見ている男はお前くらいしかいないからな」
「ブレフトは自分の魅力に気が付いていないのだな」
「は、物好きめ」
悪たれ口をついたところで魔王には都合よく聞こえてしまうようだ。
ご機嫌な顔をして俺の頬に触れてくる。
「キスをする許可を」
「いつも勝手にしてくるくせに」
こういうところだよ、ホント。恋愛経験値がゼロな俺なんてチョロイ相手だろう。
いつもは頬や額にするキスは唇に軽く触れる。
まったく、ムカつく相手だ。
「許すのは今だけだからな。次は殴る」
「そうか。今だけは許されるのだな」
言葉の意味をどうとらえるかは自分次第。それに気が付いた時には唇が再びふさがれた後だった。
あぁ、どうしてあんな言い方をしたかなぁ。