護衛(モブ)に転生したが、魔王に好かれて困ってます

アルト登場

 朝ごはんを食べ終えた後、クロスケを連れて外へ向かう。
 人族を探してもらうためだ。
 するとすぐに目的の人物を見つけることができた。
「人族がライニールの家を覗いている」
「なんでぇ」
 人族からしてみたら、この国の住人は珍しくうつるだろう。
 それにライニールのところには可愛いチビたちがいるからな。
 まてよ、もしかしたら捕まえて悪さをしようと企んでる?
 まぁ、何かしようものなら住人たちにコテンパにされるだろうけど。
「行ってみるか」
 馬をかりて行けばすぐに着く。そうしようと思ったら、魔王がワープで連れて行ってくれた。
 たぶん人族の男が気になったのだろう。
 やー、マジで家の中覗いてんな。ライニール、気が付かないのかな。
 そう思っていたら、
「気配を消しているな。ライニールが気づけないとは、相当腕が立つ」
 魔物に気づかれなくする魔法、なんていうのもあった。今、それを使っているのか。
 俺には全然わからなかった。そこがモブと魔王の違いか。
「声をかけてみるか」
「そうだな。おい、そこのお前」
 ビクッと方が動いた。そしてゆっくりとこちらへと振り向いた。
「アルト!」
 ライニールの家を覗いていた変態……いや人族はアルトファンタジアの主人公であるアルトだった。
「え、なんで名前、て、魔王!」
 いま、魔王と呼んだか。
「やっぱりバグってんのか、このゲーム」
 しかもゲームといっている。俺と同じく転生者なのかもしれない。
「やっぱりそう思うよな。さらわれたのが俺だし」
 そう俺が言うと、アルトは驚いたような表情を浮かべて指をさす。
「もしかして転生者?」
「あぁ。君もだろう?」
「うん。日本で社会人だった」
「え、マジで! 俺も日本で社会人をしていたんだ」
 俺以外にも転生者がいて、しかも日本人とか嬉しすぎるだろ。
 向こうも同じ気持ちのようで手を握りしめあっていたら、いきなり体が重くなって地面に押しつぶされるようなカタチとなる。
「くっ」
 冷や汗が流れる。誰がそれをしているのかわかっている。だけど抵抗できずに何も言えない。アルトはどうにか踏ん張っているようだ。流石だな。
「私の愛し子に触れるな」
 重圧が消えて体が浮いた。魔法、いやちがう。抱き上げられているのだ。
「離せぇ」
 アルトの前だぞ。おい、顔を近づけるな。
「愛し子?」
 コテンと首を傾げるアルト。そりゃそうなるよな。
「違うから。とにかく下ろせ」
 魔王はしぶしぶ俺を下ろす。
「えっと、突っ込んで聞いた方がいいかな?」
「いや、聞かないでくれ」
「わかった」
 アルトも聞きたくないよな。男同士のあれこれなんて。
「ところで、なぜライニールの家を覗いていた」
「え、それは……」
 いや、その前に町の住人が何事かと俺らを囲んでみているけど。
 さすがにさっきの重圧できがついたよな。
 ライニールも、耳と尻尾を垂らして俺らの方を見ているし。あれは怒られると思っているんだろうな。
「ひとまず、ライニールの家の中で話そう」
 するとライニールの尻尾が立ち上がり、アルトが嬉しそうな顔をしている。
 アルトはライニール推しなのか。わかるぞ、俺も好きだもの。
 家に入るとライニールの母親とチビたちが迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「ようこそおいでくださいました」
「邪魔をする」
 母親はお茶の用意を済ませるとチビを連れて買い物に出かけた。
「さて、お前たちは知り合いなのか」
「えっと、まぁ、そうだな」
 俺はアルトのことをよく知っているけれど、アルトは解らないかも。
「そうなのか?」
 うわぁ、さすがラスボス。顔怖ぇぇ。
「えっと、同郷なんだよな」
「そうそう」
「ほう」
 ピリピリとした空気の中、ライニールがそーっと手を上げる。
「あのぉ、自己紹介しません?」
 この空気を変えようとしているのだろう。下手したら命の危機なのに。それくらい魔王が不機嫌ということだ。
「そうだな。名を告げよ」
 くい、と顎でアルトを指す。おぅ、すげぇ悪に見えるぞ、魔王。
「俺はアルトだ」
「アルト……アルトファンタジア」
 魔王が俺にだけ聞こえる位の声で呟く。そして何かを探るような目で俺を見ていた。
「こいつとそれは関係ないから」
 ここはゲームの世界でなんて言えるはずがない。
「そうか。偶然同じ名なのだな」
「そうだ」
 納得していないようだな。結局、それがなんなのかを魔王には教えなかったし。
「え、リッド様も転……ふがっ」
 うおぉいっ、おま、何言おうとしてんだよ。あわててアルトの口を俺の手でふさぐ。
「アルト、失礼だぞ。この方はゴットフリッド国王陛下様だ。陛下もしくは魔王様とお呼びしろ!」
 転生とかいらんこと言わないでおいてよぉ。しかも愛称で呼ぶとか、追及されたら面倒だろ。
「ブレフトが、私の名を初めて呼んだ」
 あ、そっちが気になったか。それはそれで面倒なことになりそうだ。しかもキラキラしてるじゃん。
「お、おぅ、まぶしい」
 アルトが呟き、俺も同感だと目を細めた。
「よい、私のことはゴットフリッドと呼ぶといい」
「それじゃ俺のことはアルトと」
「わかった。ブレフトも魔王ではなく名前で呼ぶといい」
「えぇ……俺は遠慮」
「ブレフト、お願いだから名前で呼んであげて」
 ライニールがこそこそと俺に言う。耳と尻尾が垂れている。八つ当たりをされるのを恐れているんだな。
 はぁ、しょうがねぇな。
「リッド様」
 こっちの方が呼びやすいし。あ、愛称とか馴れ馴れしすぎたか。
「リッド、ふ、ふふふふふ……」
 すっげぇ、ニヤニヤしてる。なんか怖い。
「やっぱ魔王様で」
「ダメだ。リッド様と呼ばれたい」
 興奮気味に肩をがっちりと掴まれる。だから怖いって。落ち着け。
 でも魔王が許可したということはこの愛称は公式になったってことだよな。やったな、ファンの皆!
「俺もそう呼びたい」
「許す。よし、今日はブレフトが愛称で呼んでくれた記念日にしよう」
 うんうん、そんなに嬉しいか。浮かれる魔王に、八つ当たりを回避できたライニールが尻尾を振って喜んでいる。
「て、なんだそりゃ」
 そんな記念日はいりません。
「魔王って呼ぶぞ」
「よし、記念日はやめよう。アルト、君を城に招こうと思うが」
「え、マジで。いくいく」
 解るぞ。ラストダンジョンだものな。城の中をみたらテンションがあがること間違いなしだ。