刺繍対決!(アレッタ)
姉妹で同じ図案を刺繍してその出来栄えも考慮し婚約者を選ぶ。
セルジュが辺境伯へ降下した後、刺繍工房を作りそこを任せたいからということだった。
だから絶対に勝ちたい。彼の隣に立つのは自分なのだから。
刺繍はヴェルネルがすることになるだろう。レナーテに頼まれても断れと言ったところで無理な話。
それなら仕上がった刺繍をどうにかすればいいだけだ。
きっと向こうも同じことを考えている。アレッタをまねることしかできない無能なのだから。
図案を渡して十日。アレッタ付きの侍女であるララの話ではレナーテの侍女も出来上がった刺繍を取りに来ていたそうだ。
「頼んでいたものはできているの?」
「はい」
ララから受け取ったのは渡された図案を刺繍したもの。アレッタ専用の侍女に刺繍をさせたのだが、一番まともにできたのがこれなのだが、比べてしまうとどうにも劣る。
「やはりアレはいい腕をしているわね」
セルジュと婚姻をすると決まったらデニスにヴェルネルを貰うこととしよう。彼にはこの先もアレッタのために働いてもらわなければならない。
「ふふ、後は当日にこれと交換すればいいわね」
露骨すぎては騒がれてしまうがこれくらいならパッと見ただけなら誤魔化せるだろう。
提出する前にはよく見るかもしれないが、そこで騒ぎ立ててもどうすることもできない。
さすがに刺繍をするのが早いヴェルネルであっても繍い直しは間に合わないだろうから。
「余計な横やりが入ったけれど、ようやく本来の通りになるわね」
刺繍をキレイに折りたたんで箱に入れる。各自、提出日まで保管することになっていた。
アレッタがレナーテにするようにその逆もあり得る。だから何も起きぬようにとララに命じておいた。
レナーテ専用の侍女を一人手の内に引きずり込んだ。たしかレアといったか。幼い兄弟がいるらしく報酬をちらつかせたら何でもやるというのだ、あとは期待に応えられるかどうかだ。
そして、レアはうまくやりとげた。
箱のふたを開けて中身を確認する。間違いなくヴェルネルが刺繍したものであった。これを隠しておくように命じておく。
しかもレナーテはアレッタと同じことを考えていたようで、何度か彼女の侍女を見かけたけれど、すり替える隙を与えなかった。
そして課題の提出日となった。
姉妹は王室が用意した馬車に個別で向かうこととなる。それはセルジュの心遣いであった。
とてもありがたいことだ。行き場所は同じだが一緒の馬車には乗りたくないから。
それでなくても愉快なのにレナーテを前に笑いを耐えることが辛いから。
「ふふ、あははは、これで今度こそ私が婚約者よ」
すり替えが失敗したことを悔しがっていることだろう。しかもこちらは成功している。
レナーテの箱の中身はヴェルネルが刺繍したものだと思っているだろうから出来栄えは同じ。うまく言いくるめた方の勝ちとなると、話すことを考えていることだろう。全て無意味なのに。
与えられた部屋に入り、大丈夫だと解ってはいるが念には念を。中身の確認をするために箱の中身を開く。
だが中に入っていたのはアレッタが侍女に刺繍をさせたものであった。
「なぜこれが」
どうして、どうして、どうして!
頭の中で同じ言葉を繰り返し、落ち着かなくて部屋の中をウロウロとする。
ララはうまく阻止したと話していたのに。すり替える隙は無かった……本当に?
アレッタは侍女の言葉を信じたに過ぎない。実際は見ていないのだから。
本当に阻止していたのか、ララに刺繍を投げつけた。
「どういうことか説明しなさい」
「私はきちんと見張っておりました。この場から移動するときは別の侍女に頼みましたし」
「それは誰?」
「一緒にアレッタ様の身の回りを担当している者です」
何かと使える侍女だったから重宝していたが、彼女を一緒に王宮へ連れてはきていなかった。
「まさか」
裏切った。
「可愛がってやったというのに」
それは許されない行為だ。ワナワナと肩を震わせ紅茶の入ったカップを叩きつけた。
「あの女、許さなくてよ」
今すぐ連れてきて罰を与えたいがここは王宮だ。我慢しなくてはいけない。
「覚えていらっしゃい。生きていることが辛いくらいに痛めつけてやるわ」
体と心を。
無理やり怒りを鎮め、大きく息をはき捨てた。
「お嬢様、すり替えた刺繍を使うのは如何でしょうか」
ララの言葉にハッとなる。そうだ、あれを利用すればいいのだ。
「良いことを思いついたわね。すぐにとりに戻りなさい。忘れ物をしたと言って」
「わかりました。行ってまいります」
ララが部屋を出ていき一人になる。
アレッタがしたことはレナーテも知っているということ。まさか自分が同じ目に合うなんて。また怒りがこみあがる。
「あぁっ、どうして私がこんなめに」
そう、全てはレナーテが悪いのだ。劣るくせに欲しがるから。
「婚約者の座を手に入れたら見ていらっしゃい。見場の悪い男か好色な年配者に嫁がせてやるわ」
レナーテが嫌がる相手を探すのはさぞかし楽しいだろう。見た目の良い男が好きな彼女には耐えられないだろう。
少しだけ胸がスカッとしたが今はそれどころではなかった。
自分が有利になるいい方法を考えないといけないのに時間だけが過ぎていく。それに何やら外が騒がしいではないか。
「煩いわね」
今は自分一人。外に誰かいないかとドアを開くと、丁度、刺繍を取りに帰ったララが戻ってきた。
「ねぇ、何の騒ぎなの?」
「アレッタ様、大変です。レナーテお嬢様が刺繍を盗まれたと騒いでおります」
「なんですって!」
すり替えた失敗作をさらにすり替えたのはレナーテではなかったのか。それともこれも作戦のうちなのか。
「まずいわ」
失敗作とヴェルネルが刺繍したもとが手元にあるのを知られたら、盗んだ犯人とされないだろうか。
レナーテのことだから絶対にヴェルネルの方を自分が繍ったというだろう。
どうにかして失敗作をレナーテに渡さなければならない。
「誰にもばれないようにレナーテについてきているレアに渡してきなさい」
箱をララに手渡す。何かあってもレアに責任を押し付けてしまえばいい。
部屋さえ出てしまえば言い逃れができるのに、ことはうまくはこばない。
丁度、ヴェルネルが刺繍したものを持ったアレッタと、別の刺繍を持ったララ、そしてレナーテとセルジュが部屋へとやってきたからだ。