Short Story

婚約者の座は(レナーテ)

 けして仲の良い姉妹ではない。昔からどちらが上かと競い合っている。
 アレッタは先に生まれてきた分だけ有利だと思っている。だから余計に負けたくない。
 しかも似たもの同士だから何をするのか解ってしまう。刺繍のできは同じなのだから仕掛けてくるだろうということも。
 同じことをしていたら決着がつかない。アレッタはうまくいくと思っているようだがレナーテはそれを利用した。
 レナーテの専用侍女であるレアを報酬目当てで仲間にした、本人はそのつもりになっている。それはレナーテがそうするように命じていたのだ。
 レアによってすり替えられた刺繍は、さらにレアによってすり替えられた。ヴェルネルの刺繍を交換したというかたちでだ。
 提出する前に念のために確認するのは当日だろう。彼女は自分の計画がうまくいったと思い込んでいるから。
 当日にどういう動きをするか、侍女に見張りをさせておいた。すると王宮に向かった後にアレッタがいつも側に置いている侍女が急いでどこかへ向かった。
 きっと箱の中を見たのだろう。すり替えた刺繍を屋敷に取りに向かったのだ。
 あとは侍女が刺繍を持って王宮に戻ったときにレナーテが騒ぎを起こすだけだ。持ってきたはずの刺繍がないということを。

 計画通りに事が運ぶ。
 セルジュに持ってきたはずの刺繍が盗まれてしまったと訴え出た。そしてアレッタの刺繍は無事なのかを確認するために部屋に向かったのだ。
 だが本当は刺繍を二枚持つアレッタを犯人にするためにだった。
「どうなされましたの」
 なぜ、ここにきたのか気が付いたのだろう。侍女が刺繍を隠そうとしているがそうはさせない。
「あら、その箱が二つ、もしかして刺繍が入っているのでは?」
「え、な、何を」
 表情が硬く、うまく隠せていない。動揺しすぎだ。笑いそうになるのをこらえて侍女の箱を指さした。
「あちらとこちらの侍女が持っている箱ですわ」
「中を見せてはくれないか」
 侍女はどうするべきかとアレッタに視線を向けるが、セルジュに言われては従うしかない。
 おずおずと箱をテーブルに置いて箱を開けた。中には同じ図案の刺繍がある。
 一枚は美しい縫い目、もう一枚はそこそこうまく繍えているが比べてしまうと縫い目が荒く感じる。
「どうして君の侍女が同じ図案の刺繍を二枚持っているんだ」
「それは、間違えて失敗したものを持ってきてしまったので、上手にできた方をとりに行かせていましたの」
 言い訳を思いついていたようだが、レナーテはもう一つ手をうっておいたのだ。
 アレッタが何を言ってもうまくいかないように。
「お姉さま、刺繍を確認させてくださいませんか。実は私の刺繍がなくなってしまいましたの」
「まさか、私を疑っているのですか!」
「いいえ。ここに二枚刺繍があるということは一枚は私のものかもしれませんし」
 良いでしょう、と手を合わせて首をコテンと傾ける。相手が男性なら簡単に落ちるのだが、アレッタの眉間にしわが寄る。
「確認をするだけだ。見せてやれ」
 セルジュにはしっかりと効いたようだ。レナーテは唇に笑みを浮かべる。
「わかりました」
 刺繍を手に取り撫でる。そして裏面にしてある箇所を確認する。
「もうよいでしょう、返しなさい」
 アレッタが手を差し出すがそれに応えない。
「まさか、本当は自分の繍ったものがうまくいかなかったからと、私の繍ったものを自分のだというのではないでしょうね」
 先手必勝のつもりか。だが彼女には証拠がないのだ。もう無理だ。くすくすと笑い声がもれてしまった。
「何笑っているのよ」
「実は私、自分が繍ったものにサインをしておきましたの」
 自分の方がまだ有利だと思っているのか、レナーテから刺繍を奪い調べ始める。
「そんなものはありませんわよ」
「裏をごらんくださいませ」
 強気な表情が次第に弱気なものになる。
 裏にはしっかりと証拠があるのだ。レティーナの名前が繍われている。
「うそよ、こんなものはなかったわ」
「ですが、実際にありますわよ」
 といって名前をトンと指した。
「違います、私は盗んでおりません。きっと誰かが私を陥れようと」
「見苦しいですわ。正直にお認めになってくださいませ」
 チェックメイト。レナーテは勝ちを確信しセルジュの腕に縋りついた。
「嘘ではありません。信じてください」
 もうどうにもならないということが解らないのだろうか。
 刺繍をすり替えるというところまでしか思いつかなかったアレッタが悪いのだ。
「セルジュ様、私は自分の刺繍が戻ればそれで良いのです。お姉さまとはきちんと勝負をしたいのです」
「そうか。アレッタ、レナーテの優しさに感謝するのだな」
「そんな、私はっ」
「もうおやめになってお姉さま」
 憐れむようにアレッタの手をつかむ。
「レナーテ、貴方の企みねっ! セルジュ様、あれはあの子が刺繍をしたのではなく別の者が刺繍をしたものです」
 婚約者の座が遠のいたことに、今度はレナーテも道連れにしようとしている。
 だがそうはさせない。
「私は許すと申しましたのに。嘘を言って私を陥れようとするなんて酷いです」
 目に涙を浮かべてセルジュに縋りつく。きっと自分を守ってくれるだろう。
 だが、
「うむ、それならどうだろう。課題で渡した図案を俺の目の前で刺繍してもらうというのは」
 と都合の悪い流れとなっていく。
「そんな、セルジュ様」
 タズリー家の姉妹は刺繍をするのが大嫌いだ。先生もついたことがあったが、苦笑いをされてしまうほどの腕前だった。
 どうしてもうまく刺繍することができなくて途中で投げ出してしまったのだ。
 母親もどうやら刺繍をするのがすきではないらしく、別の物にやらせればいいのよと言ってくれたのだ。
 どの貴族でも刺繍が上手な侍女だったり職人だったりに繍わせるものだそうだ。
「ずっと刺繍をしていたから手が痛むのです」
「私もですわ」
 目の前で刺繍なんてしたら終わりだ。どうにかやらなくてよい方向へ持っていかなければならない。
「そうか、わかった」
 レナーテとは新たに婚約を結ぶのだから無理はさせられないと思ってくれたのだろう。
 ホッとした。だがそれも束の間のことだった。
「それでは婚約の話しは白紙としようか」
「え?」
 どうしてそうなるのだ。
「セルジュ様、うそですよね」
 婚約者とするからわかってくれたのではないのか。
「ふふ、あははは。残念だったわねレナーテ」
 もうすでに諦めてしまったのだろう。アレッタが声を上げて笑う。それが耳障りでレナーテは睨みつける。
「こわいお顔ですこと」
 冗談ではない。レナーテはまだ諦めてはいなかった。
「セルジュ様、私は嘘をついておりました。実は刺繍が苦手で他の者にさせておりました。これはヴェルネルというものが刺繍したものです」
 と。そして言葉を続ける。
「その者を連れて行きますから、私を婚約者に……」
 あれだけの腕の持ち主だ。セルジュもそれなら婚約者として迎え入れてくれる、そう思ったのに。
「うむ、それは彼のことかな」
 そういうと、静かに控えていたフレットが部屋を出ていき、すぐに戻ってきた。
 ここにいるはずがない者を引き連れて。