クロスケの言葉
冒険の帰りは一瞬だった。
ちび達はまだまだ元気なのに俺は少々へばっていた。時間があるときは剣を振るったり走ったりしているのに。
朝からお弁当作り、自分よりもレベルの高い魔物に気力が消耗されたてしまったようだわ。
魔王が何度か手を貸そうとしてくれたが、大人の俺が手を借りるとか恥ずかしので拒否っていたら、抱き上げられてしまう。
やめろと抵抗するが、気が付けばベッドの上という。魔王は俺をベッドに置くと飲み物を取りに行くと言って部屋を出た。
魔王はマジックポイントが高いから高度な魔法が使えるんだよな。その一つがワープ。
くそ、ワープを体験できて喜んじゃってる俺がいる。屈辱的なことをされたというのに。
うだうだとベッドの上で転げまわっていると、部屋のドアがノックされる。
「酒を持ってきた。開けてくれないか」
魔王の声だ。寝ているふりでもしてやろうかと思ったけれど、酒はすごく飲みたい。
のっそりと起き上がってドアを開くとバスケットを持った魔王が。なんだよ、もう片方の手があいているのだから自分で開けられるだろうが。そうしなかったのは俺に開けて貰いたかったから。
意味に気が付きため息をつく。
「勘違いするなよ。俺は酒が飲みたいだけだからな」
「わかっている」
本当かよ。ベッドに押し倒して俺が部屋に招き入れたからだとかいわねぇよな?
まぁ、そんな真似をしたらここから出ていくから。
部屋には小さなテーブルと椅子があり、そこに酒を置いた。
「お呼び頂けたなら伺いますのに」
丁寧な言葉使いでそういうと、魔王はくくくと低音のよい声で笑う。
たしか魔王の声を担当していたのは低音のイケボで大人気の声優で、妹が彼のことが好きでCDを買っていたっけ。
しかもBLボイスドラマで攻めをやることがおおいらしく、妹に無理やり何度か聞かされたことがあった。
受けを落とすときの声が色っぽくて、男の俺でもドキッとしてしまう。
「何度誘っても来ないくせに」
と魔王の指が俺の顎を持ち上げる。ここがBL世界なら俺は魔王に落ちているシーンだろうな。
「やめろ。社交辞令に決まっているだろう?」
「素直だな」
魔王の指が離れて椅子に腰を下ろす。そしてグラスに酒を注ぎ入れた。
「ほら」
「ありがとう」
口の中に爽やかな味が広がった。レモンの果実酒だ。これはライニールの母親が作ってくれたものだ。
「はぁ、美味いな」
「あぁ、さっぱりとする」
食べるものはなじみのあるものばかりだ。ただ、肉は鳥肉と魔獣の肉だけ。ここに連れてこられたときに食べた魔獣の肉は激マズだった。そう、魔獣の肉はうまく処理しないと臭いんだよ。ゲームの世界だからスキルのお陰で料理をすることができた。
他は今まで食べていたものと同じ味だった。レモンが甘いとかじゃなくてよかったよ。
「小高い丘の方にある村で生産しているんだ」
指をさす方、まぁ肉眼じゃ見えない所に小高い丘がある。名前もそのまま小高い丘の村。レモンを拾うことができる。
魔王は空を飛べるから定期的に村や町の様子を見に行く。王としてきちんと仕事をしているんだよな。
そういうところは尊敬するぜ。
酒を飲み終え、片づけはしておくと魔王を部屋から出そうとすると、振り返り俺の頬に軽く口づける。
くそ、俺って隙だらけなのか? 三度も許してしまうなんて。
「お休み」
魔王、上機嫌じゃん。ムカつく。
「……オヤスミ」
悔しくて彼が部屋から出た後にベッドにうつぶせに寝転んだ。
いつの間にか寝ていたようで、カーテンの隙間から日差しが照らし俺はベッドの上で体を伸ばして起き上がった。
カーテンを開くと木の上に止まるカラスが一匹。
「おはようブレフト」
「おはようクロスケ」
俺が作るご飯を分けてあげたら懐いた。カラスと呼ぶのもなんなのでクロスケと名をつけるとまばゆい光がカラスを包み込んだ。魔王曰く、使い魔になったという。
俺って、魔物使いだったの? ステータスを確認したら、スキル欄に魔物使いと書かれていた。
アルトファンタジアは中盤で訪れる国でジョブチェンジができるようになる。
魔物使いはサブイベントで魔物の親子を助けるサブイベントが発生し、それをクリアすると解禁となる。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるクロスケが可愛い。
「カー、魔王魔王様、おはよう」
クロスケを微笑ましく眺めていると、朝から爽やかな魔王がシャツ一枚、無駄にはだけさせて側へとやってくる。
「いい体しやがって」
「抱かれたくなったか?」
「寝言は寝て言え」
そういう意味で魔王は俺が好きだからな。はぁ、女性ともいたしたことがないのにさ、男となんて願い下げだ。
「何度でもいきたくなるぞ」
「朝っぱらからやめろー」
聞きたくないと耳をふさぐと、その手に手をかぶせてきた。
「ぬわーっ」
鬱陶しいとばかりに手を払う。
「ふ、あはは、ブレフトは朝から元気だな」
昨日の疲れはとれたようだなと、クロスケを連れて自分の席へと向かう。
たしかにつかれはとれている。
思えば魔王がキスをした次の日はすっきりとしているんだよな。
まさか、癒しの効果があるのか、アレに。
魔素茶を用意し魔王のもとへ。今日のブレンドはレモンシロップ。緑色のお茶は青くなる。
クロスケも飲むから氷を魔王に頼んで入れてもらった。
「そういえば、人族の男が来てるぞ」
「え、なんで?」
だって旅に出る理由はさらわれた姫様を助けるため。
だがさらわれたのは俺だ。たかがモブキャラがさらわれたくらいで勇者は旅立たないのでは?
いや、姫様が頼んでくれたとか。
なんにせよクロスケの言う人物が気になる。
「他の男のことを気にしているのか」
不機嫌そうな表情を浮かべた魔王が聞いてくる。
「気になるよ。だって俺を助けに来たのかもしれないし」
「そんなことは……そうだとしても帰すつもりはないぞ」
あ、もしかして助けに来ないと言いたかったのか。モブだものな俺は。
「それは俺が決めることだ」
そう口にすると魔王が悲しそうな顔をしているのが。だってそうだろう?
ひとまず朝ごはんを食べて、クロスケに人族を探してもらおう。
果物の皮をむいてクロスケに出してやる。魔王とシーラにはホットケーキを焼いた。
「ホットケーキですか」
シーラの目がキラキラとしている。うん、可愛いから十段重ねにしてあげよう。
喜んでそれを頬張る彼女に癒され、魔王はしょぼしょぼとしながら三段重ねのホットケーキを食べている。
「魔王魔王様、元気ないカー」
「クロスケ、ほら、これも食え」
とっておき。甘くておいしいブドウだぞ。
「カー、おいしい、あまい」
喜んで羽をばたばたさせる。そのたびに羽が舞い魔王のホットケーキに落ちる。
それを黙々と口に運ぶ。羽、食ってるぞ。
「クロスケ、バタバタさせないの」
「あ、スマン」
魔王が羽を食べているのに気が付いたようだ。
「羽ウマイのか?」
その言葉には返事がなく、俺はため息をつき魔王の皿を取り上げて俺のととりかえる。
フルーツもりもり、生クリームをたっぷりのせて蜂蜜をかけた。
魔王がそれをたべてビクッと肩を揺らした。
どうだ、甘いだろう。
「ブレフト、甘すぎる」
「そうだろうな。俺用だもの」
「そうか。食べかけ……」
「そうだ。俺もお前の食べかけを食うんだから」
「ふ、そうか」
いい笑顔。こんなことで元気になるなんてな。マジで俺のこと好きな。
まったく、男なんて勘弁と思うけれど、あんなに落ち込まれるとほんの少しだけ気になるんだよ。